#5「」

寄稿者:中島ゆう子(写真家)

ある冬の日、撮影を終えた私は Friedrichstraße 駅にいた。
夏場は観光客で賑わうこの駅も、冬になると人通りは少なく、みんなそれぞれの目的地へ急いで向かう。この日の最高気温はマイナス 10 度。今にも凍りそうな私のつま先は、暖を取るためにある書店へ吸い込まれるように入っていった。
暖かい店内に足を踏み入れると、人々は熱心に本棚を眺め、ゆっくりとした時間を過ごしていた。地下 1 階、地上 4 階建てのこの大きな書店は、写真集や作品集の品揃えは豊富ではないが、大きなテーブルや座り心地の良いソファが並び、ちょっとした休憩をするにはうってつけの場所だった。適当な本を一冊選び空いているカウチに腰を下ろすと、先ほどまで冷え切っていた足元はじんわりと温かくなり、寒さでこわばっていた身体は柔らかいクッションにそっと包み込まれていった。
ふと周りを見渡すと、窓ガラスに映る幻想的な本の反射が目に入り、さらに奥に目を向けると、オフィスの一室で仕事をしている男性の姿を見つけた。本と囲まれる男性の姿は、まるで森の中で腰掛けて本を読んでいるようだった。バッグからカメラを出し、遅めのシャッタースピードでその瞬間を撮影した。

 


Profile

中島ゆう子 / 写真家・ビジュアルアーティスト

日本大学芸術学部写真学科卒業後、坂田栄一郎氏に師事する。 過去と現在、個人とコミュニティを結びつけ、人間の相互作用、記憶、および精神性に焦点を当てた作品を制作している。 大学時代から一貫して中盤フィルムカメラで撮影を続けている。

曾祖母の箪笥とその記憶をテーマにした作品『A chest』(2015)、イヴ・クラインの言葉から着想を得た「青」をテーマにした作品『The Blue of SAYONARA』(2014-2016)を制作。渡独後、信仰と宗教的表現を現代の視点から写真で再解釈した『The Trinity -place, community and spirituality-』(2017-2021)を制作する。同作品はベルリン(ドイツ)、リガ(ラトビア)、アムステルダム(オランダ)、東京、北海道(日本)で展示されている。 2023年夏に新しいプロジェクト『Thick Forest of Dachgeschoss / ダッハゲショッスの森』をベルリンで発表。

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▼エッセイ「タイトルを持たない写真」について
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▼著者の寄稿文一覧
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