「今に満足しないで、とにかく毎日やって、どんどん上手くなりたい」手製本家・小関佐季さん / インタビュー前編

【ドイツ在住の手製本家・小関佐季さん】インタビュー前編:ライフワーク「そう」プロジェクトや草木染について

ベルリン在住の写真家・中島ゆう子がヨーロッパ在住のアーティストにお話を伺い、不定期で更新するインタビュー企画です。第一回目はドイツで Ausbildung(アウスビルディング:職業訓練)を修了し、手製本家として活躍している小関佐季さんをご紹介します。

武蔵野美術大学卒業後に渡独し、紆余曲折を経て、現在はベルリンの クルンダー製本工房 で働きながら、自身でも様々なプロジェクトを制作している佐季さん。彼女とは長年の友人で、共通の知人が企画したピクニックを通して知り合う、いかにも "ベルリン的" なきっかけで出会った。彼女が何をしているかは何となく知っていて、なかでも彼女が作る美しい草木染のノートに以前から興味を持っていた。手触りの良い、爽やかなノートを初めて手にした時、このノートについて、そして彼女がやっていたこと・やっていることについて深く知りたくなり、インタビューを申し込んだ。

前編では、彼女が制作しているノートプロジェクトのことを中心に、草木染に興味を持ったきっかけ、さらに今後の目標について話を聞いた。


"わたしたちを取り囲む春、夏、秋、冬をノートとして記録に残すライフワーク"  −母の和菓子作りや紙への興味などが重なって自然と始めた草木染。

中島:
まず、ノートのプロジェクトについて聞かせてくれる? 

小関:
このノートのプロジェクトは「そう」(sou)といって、春夏秋冬の4シーズン、私を取り囲む季節で身の回りにあるものを染色して、それをノートとして形に残すというプロジェクトとして始めたの。

面白いのがね、同じ植物でも色の出方が全然違うの。だからルールとして、繰り返してもいい(同じ種類の植物で染色してもいい)ということにしてる。葉っぱ一枚一枚でも日が当たるところと当たらないところで絶妙な違いが生じるし、その木が生えている土の感じとかでも全然違うの。だからこのプロジェクトはやりがいがあるし、ライフワークとして長くできると思って取り組んでいるよ。今年(2023年)の春と夏も染色しているのだけど、同じ植物にしたの。私の中で好きな植物がいくつかあって、それは実際に染めてみて好きになった植物なんだ。

草木染の魅力のひとつに、煮てみないと何色になるかが分からないところもあるよ。植物自体は赤かったのに、いざ染色したら全然赤くなかったとか。そういう意味でも面白くて、本当に冒険って感じ。

初めての草木染は2017年に桜の枝と花で染めたもの。当時ドイツの日本食レストランでアルバイトをしていて、常連のお客さまでお庭に桜の木を持っている人がいてね、桜の綺麗な時期になるとお店のデコレーション用に桜の枝を持ってきてくれたの。その桜が散った後に枝を貰って染めたのが一番はじめ。何かやりたいかもって言って持ち帰らせてもらって染めたのがきっかけだったんだ。中島:
四季折々の植物を染める、すごく素敵なライフワークだね! ところで、どうして染色をしようと思ったの?

小関:
それが染色を始めた具体的なきっかけは覚えていないの(笑)

私の母が和菓子を作るのね。和菓子ってその季節のものを取り入れて表現するから、季節ごとに違う和菓子を作るの。そういうところからインスピレーションを受けて始めたのはあると思う。その季節ごとのものを作りたいというのはあったけれど、和菓子作りではなく別のことで、植物と何かやりたいっていう気持ちがずっとあった。だからこれ(ノートのプロジェクト)は最終的に全部自然に還るようにできたら一番いいなと思っているんだ。
中島:
「自然に還るもの」って、とても印象的な言葉で胸に響くね。

小関:

二年間だけ在学した Weissensee(ヴァイセンゼー:ベルリンの北東エリアにある芸術系の学校)でやりたかったのが、「本をつくるためのすべてのマテリアルを自分の手でつくる」というものだったの。それは今もやりたいことで、「土に還る本」を作りたいんだ。紙も布も全て自然なものからできているじゃない? 一冊の本を自然に還す、ということは絶対にできると思っていて。紙漉きも並行して行い、一冊まるまる土に還る、ゴミになることなくずっと循環できるようなものを作りたいんだ。これは渡独前から元々興味があったの。

紙も本当にずっと好きで、プライベートで紙漉きのワークショップを数日間かけて受けたりして、紙のことを勉強したの。そういうところから環境を意識するようになったのだと思う。まだまだケミカルなものを使って色を出したりしているのだけど、「そう」のノートプロジェクトで少しずつやりたいことに向かっていてとても嬉しい。

そういう流れで草木染を始めたのだと思う。何か大きなきっかけがあったっていうよりは、母の和菓子作りや紙への興味など色々重なって、自然と始めたんじゃないかな。


日々変化する自然をわたしなりに感じてノートとして綴じ、一年を巡り残すこと。それは、わたしにとっての "生きること" 。 

中島:
今回、「そう」のプロジェクトを4種類お取り扱いさせていただくにあたって、「Kirschbaumblätter‘19」、「Kreuzbergische Laube‘20」、「Wurmkraut ‘20」、そして「Sakura ‘20」をセレクトさせてもらいました。

全部で10種類ほど見させてもらったのだけど、ドイツの桜の落ち葉で染めた「Kircshbaumblaetter‘19」と、日本の桜の葉と花で染めた「Sakura ‘20」が、同じ "桜" でも全然色が違うのが私の中でとても印象的だった。

さらに、ベルリンの落ち葉で染めた「Kreuzbergische Laube‘20」や、ベルリンの郊外でベルリンっ子が大好きなエリア・ブランデンブルグ州で摘んだ蓬菊の草木染のシリーズ「Wurmkraut ‘20」は、色が綺麗なだけでなく、とても "ベルリンらしさ" を感じて個人的にとても好き。一冊ずつ、ノートにまつわるストーリーを教えてくれる?


小関:
まずは、Kirschbaumblätter‘19(キルヒバウムブレッター:桜の木の葉)から。これは、2019年の秋に染色したもの。以前働いていた Kreuzberg(クロイツベルグ)の Aus Druck(アウスデュルック:印刷所)が入っている大きな建物の目の前に駐車場があって、そこに桜の木が生えていたの。春になると、「いつかこの桜を使ってノートを作りたいな」と思いながらよく見ていたんだ。でも、できれば生えているものをぶちぶち切った植物を染めに使いたくないから、ずっと葉っぱが落ちるのを待っていたの。緑色だった葉っぱが秋になるとオレンジや黄色の落ち葉になって、そこの駐車場にいっぱい落ちているの。すごく綺麗だったよ。それを仕事後に集めて染めたのがこのノートなんだ。この色、まるで秋のベルリンの夕日みたいじゃない? だから、背表紙も金の文字じゃなくて、ベルリンの秋冬のようなグレーな感じにしたの。そんなに大きな意味はないのだけど。

Kreuzbergische Laube‘20(クロイツベルギッシェラウベ:クロイツベルグの落ち葉)はその次の年(2020年秋)に作ったの。当時私はクロイツベルグに住んでいて。ベルリンって、秋になるとたまに道路に落ち葉がたくさん入った袋が置いてあるじゃない? 私はそれを見るのがすごく好きなの。散歩をしているときに見かけたりすると、いいなって思うんだよね。多分誰かが道を掃除して集めた落ち葉を袋にまとめてるんだよね。落ち葉が入っている袋を見て、何かこれでも草木染ができそうだなと思って、散歩中に集めて染めたんだ。これに関しては、植物の種類は関係なく、いろんな植物が混ざっているの。クロイツベルグの落ち葉で染めたものだから、シリーズ名も特定の植物の名前にはしないで、Kreuzbergische Laube って名前を付けたの。

Wurmkraut ‘20(ヴルムクラウト、蓬菊)は2020年の夏に作ったもの。友人がブランデンブルクにセカンドハウスを持っていて、敷地内に生えていた蓬菊の葉っぱで染めたの。ちょっと菊みたいな形にチクチクした葉っぱが生えていて、黄色い丸いお花みたいなのがポンポンポンって咲いている植物なんだ。摘んだときは何か分からなかったのだけど、あとで調べてこの植物が蓬菊だったと分かったの。この Sakura ‘20 のノートは日本の桜。2020年のコロナ禍中に一時帰国したときに作ったものだよ。当時はどちらかというと中国がコロナ禍で大変で、ヨーロッパの方はまだ大丈夫だったから日本に問題なく入国できたの。そうしたらどんどんヨーロッパの方も悪化していって、本当は3月半ば過ぎぐらいの飛行機でドイツへ戻るはずがキャンセルになってしまい、1ヶ月ぐらい全く飛行機が飛ばなくなっちゃって。そのときにこのノートを作ったんだ。こういう状況だったから、2020年の春シリーズは全部日本のもので作って、コロナエディションって勝手に呼んでるの。

中島:
HPには美しい写真と一緒に、どんなところで植物を採取し、どんなふうに染めたか、どんな色になったかが記録されていて、とても面白いね。

小関:

日記みたいに全部記録しているの。そのときどうやって摘んだかとか、どうやってここに来たかみたいなものを書いているんだ。2020年のプロジェクトについても更新しているから、併せて読んでもらえたら楽しいかも。彼女はリュックの中から趣のある素敵な箱を出してくれた。それは手の中にすっぽり収まり、祖母の自宅にあった茶筒を思い出させた。懐かしさを感じる、可愛らしい小さな紙の箱だった。彼女がそっと蓋を開けて説明してくれた。 


小関:
今は布だけじゃなく紙も同時に染めているの。紙の染色も面白いかもって思って、今年の春に染めた紙で箱を作ったの。これは布の草木染と違って、和紙に絵を描くように染めるの。よく見ると小さな枝の皮とかも一緒に漉いてあって、すごく面白いでしょ? 自然や染物に惹かれるのは、自分が日本人だからというのがあると思ってる。日本を推したいわけではないんだけど、それでも魅力を感じるのはやっぱり自分が日本人で、そういうものを見て育ったりとか、そういう独特の感覚、春夏秋冬を愛でる文化とかも、こちらの人に全くないわけじゃないと思うけど、日本人の独特な美性や美意識だと思う。私は箱も作るのが好きだから、自分で染めた紙で箱を作ることに新しい可能性を感じたの。今回は形違いの箱を3つ作って、今は円形とオーバル型が手元にあるのだけど、もう1つは知り合いのこの紙を漉いている職人さん(Gangolf Ulbricht ガンゴルフ・ウルブリヒト)にあげたんだ。取手の部分の枝も集めていて、自分で染めた和紙で作る箱のプロジェクトもすごく楽しんで制作しているよ。


「今に満足しないで、とにかく毎日やって、どんどん上手くなりたい」。そう語ってくれた彼女に今後のことを聞いた。

中島:
今後の目標って何かな? 先ほど土に還るものを作りたいって話してくれたけど、それが目標かな?

小関:
そうだね。私ね、まだやりたいことやできていないことがいっぱいあるの。例えば、職業訓練が終わったら必ず習いたいなと思っているのがカリグラフィー。習字とかじゃなくて、*ブラックレターを書くのをずっと習いたくて。

私のすごく憧れているドイツの女性製本家がいて、彼女は元々製本職人だったのだけど、書体デザイナーとしても有名なの。たまたま縁があって、2019年の2月に会わせてもらえることがあって。そのときに、彼女が自分で製本し、中ページの文章は全て手で書いた本を見せてもらったのだけど、すごかったの。とにかくすごかった。彼女は残念ながらその年の12月に亡くなったのだけど、101歳まで生きたの。

彼女は、自身のマイスターから「字を書いたりするのは、空間把握が鍛えられるから製本に繋がることでもある」と助言を受けてカリグラフィーも始めたらしくて。その話を聞いて、彼女のことをすごく尊敬しているし、私自身単純なところもあるから、「私もそれやらなきゃ!」って思っちゃって。書体自体が元からすごく好きなので、カリグラフィーをやりたい理由として、そういうバックグラウンドもある。

*ブラックレター(Black Letter):アルファベットの書体のひとつ。 中世ヨーロッパで写本などに使われていた書体。工房で作業をしている佐季さんとマイスターのクリスティアン

そういえばね、*クリスティアンもすごく文字が好きな人なの。彼も実はカリグラフィーを1度トライしたけど、ものすごく時間を要するものだから、自分には家族がいて稼がなきゃいけなかったし、若い頃から自営業だったからそこまで時間作れなかったと言っていた。クリスティアンがカリグラフィーの本をいっぱい貸してくれたんだよね。私と彼は好きなものがすごく似ていると思う。

*クリスティアン・クルンダー氏:佐季さんのマイスターで、彼女の職業訓練中に指導をした人物。


中島:
憧れの人を見つけて、その人が何をやっているか知り、自分自身も同じことをやるっていうのが、ある意味自分の理想像に近付く一番の近道なんじゃないかな。私も佐季ちゃんのように昔から外国に住みたいってなんとなく思っていたけど、移住のきっかけは師匠との出会いだった。自分の写真の師匠が1960年代にニューヨークに行き、リチャードアベドンのスタジオでアシスタントとして働いていたの。ニューヨークで師匠がどんな生活をしていたか、日本という小さい島国だけでは得られない経験などのお話をたくさん聞かせてもらって、一生東京で自分の人生は終わるのかなと思った時に、ご縁があってベルリンに移住することを決めたの。ドイツ語の響きや文法もすごく好きだし。

私事なのだけど、最近色々なことに対してやりたいっていう意欲みたいなものが下がっていたから、佐季ちゃんの話を聞いて、やりたいと思ったことはやった方がいいし、自分が何をやりたいのかを知るためには、いろいろ見なきゃなってとても思ったよ。

小関:
いやいや、私もだよ。私も何かやりたいって言っているだけで、まだ全然カリグラフィーの先生も探せてないんだ。でもその彼女がやったみたいなこと(製本し、中の文字を自分で書く)、それこそさっき言った土に還る本みたいなものに、プラスで中身を、物語は私が作らなくていいけど、何かを私が書いた字で1冊の本にするっていうのは夢。職人は、一生満足しないでとにかく毎日やって、どんどん毎日上手くなっていくっていう人たちだから、そういうふうに死ぬまでにやり遂げられたらいいかなって思っているんだ。 

インタビュー後記:「自然と寄り添うこと」について

インタビューを通して、改めて彼女が取り組んでいることや、どのように制作しているかなどのお話をたくさん聞くことができて、ピースフルな楽しい時間を過ごさせてもらった。ライフワークのことや今後の目標を語る彼女の姿はとても格好よく、やりたいことに向かって進むその姿勢に、私はなぜか涙がでそうになった。

「日々の暮らしの中で私たちに寄り添うノート」は、目の前の四季を美しく感じ、自然を愛している彼女だからこそ作ることができるノートなのだ、ということを改めて感じた。長年考えている「土に還る本」の今後の発展がとても楽しみだ。

このインタビューをきっかけに、彼女のプロジェクトに興味を持っていただけたら、とても嬉しく思う。 

 

〈 今回お話を伺った人 〉
小関佐季さん
愛知県名古屋市生まれ。 美術大学在学中に手製本と出会う。卒業後、手製本会社 美篶堂にて働きながら製本を学び、2015 年に渡独。 ベルリンの手製本工房 Buchbinderei Klünder でのインターンを経て、フリーランスの製本家として働く。 2023 年6 月、Buchbinderei Klünder にて手製本職人のAusbildung(職業訓練) を終了し、現在は職人として働きながら、2017 年に始めたライフワーク“そう”の活動を続ける。
https://ozequisaqui.com/


取材・文・撮影 =中島ゆう子

 

▼インタビュー後編
「手を使う仕事で、紙と関われること、製本は自分にとってパーフェクトだと思った」手製本家・小関佐季 / インタビュー後編


日々の暮らしに寄り添うノート "sou" シリーズ
Kirschbaumblätter‘19 / 桜の木の葉

Kreuzbergische Laube‘20 / クロイツベルグの落ち葉
Sakura'20 / 桜
Wurmkraut ‘20 / 蓬菊