自然が生み出す色や形。それは終わりなき探求と学びの源 ― デザイナー Natsuko Mizushimaさん / インタビュー

【ドイツ在住のデザイナー Natsuko Mizushimaさん】インタビュー:「WEARING」「SEEING」「FEELING」——植物たちの個性をもう一度引き出すジュエリー

ベルリン在住の写真家・中島ゆう子がヨーロッパ在住のアーティストにお話を伺い、不定期で更新するインタビュー企画です。今回は、デザイナー Natsuko Mizushimaさんをご紹介します。


ベルリンを拠点にデザイナーとして活動するNatsukoさん。今回は、ご自身のジュエリーブランド l'île d'eau の制作活動や創作の源についてお話を伺った。

本当に自分が大事にしたいものが見える—Natsukoさんが語るベルリンの魅力


Natsuko:
ベルリンには21歳のときから住んでいます。18歳のときに一度イギリスへ留学し、その後日本に一時帰国を挟んで、ドイツへ留学しました。まずは語学学校でドイツ語を学び、その後、大学に進学しました。
当初はイギリスでの生活に憧れていたのですが、さまざまなご縁が重なって、最終的に辿り着いたのがベルリンでした。当時のベルリンは競争社会というよりも、とても自由で、「みんながそれぞれの個性を大切にできる場所」だと感じました。「ここなら自分のペースでやっていけるかもしれない」と思えたんです。
もともとは数年後に帰国するつもりでしたが、大学を卒業したときには息子も生まれていて、改めてベルリンの環境に魅力を感じるようになりました。言語や文化の違い、天候などに戸惑うこともありましたが、それでも「自分らしく生きられる場所」として、今はとても心地よく感じています。
もちろん、時にはホームシックになることもありますが、たくさんの出会いやチャンスにも恵まれて、今の自分があります。ここ数年になって、ようやく「ドイツに来て本当によかったな」と、心から思えるようになりました。

中島:
それはどのような時に感じるのでしょうか?

Natsuko:
ドイツという国は、自分にはあまりご縁のない場所なのかなと長年思っていましたが、気がつけば20年近くベルリンに暮らしています。「どうしてここにいるのだろう?」と考えることも幾度となくありましたが、首都でありながら自然との距離が近く、自分も周りの人たちも、それぞれのペースで自分らしく暮らせるこの街に、少しずつ魅力を感じるようになりました。
私は情報を受け取りすぎると影響を受けやすく、すぐに疲れてしまうタイプなので、必要なものだけを選び取れるベルリンの環境はとても心地よく感じます。そして、そうした感覚を周囲の人たちと共有できることも、この街で暮らす醍醐味のひとつです。
今では、日本で過ごした時間よりも長くなり、ベルリンは第二の故郷のような存在になっています。Natsuko さんが借りているアトリエは、ベルリンでよく見られる「シェアアトリエ」で、複数のアーティストと共有しながら使うスタイル。10年来の友人が別のスペースを利用しており、空間全体はアットホームな雰囲気だ。Natsuko さんが使用しているスペースは “Natsuko さんらしさ” が詰まっている。Natsukoさんが採取した葉っぱ。自然が作り出す色や形がとても魅力的だ。訪れた地で見つけた様々な形状の枝。


中島:
確かに情報が入りすぎると、そちらにばかり気を取られてしまい、自分にとっての大切なことが見えづらくなってしまうことがありますよね。うまく自分でコントロールできたら良いけど、情報が溢れた生活は、自分の意識やスタイルを維持するのがときどき難しくなりますよね。

Natsuko:
はい。ベルリンは自分にとってバランスの良い場所なのかなと感じています。だけど、これから自分自身の内面の変化や、社会の流れによってそのバランスが崩れ、日本に戻るという選択をする日が来るかもしれません。それでも、自分の中にもっと確かなのようなものが築かれていれば、きっとどこにいても大丈夫なんじゃないかな、と思っています。
今の自分は、まだ「準備期間」の中にいるように感じていて、だからこそ、もう少しここベルリンで、自分の基盤をしっかりと築いていけたらいいなと思っています。


幼少の頃から続く “ものづくり” のパッション—美しいジュエリーが生まれる場所

―ものや人の個性を引き出し、光らせたい。無駄になるものやゴミになるものに興味をもった子供時代

中島:
私の中でNatsukoさんは「グラフィックデザイナー」の印象が強かったので、ずっとジュエリーやオブジェ制作をされてきたことに驚きました。ジュエリーやオブジェ制作をもう一度本格的に始めたのはいつ頃からなのでしょうか?

Natsuko:
ジュエリーやオブジェの制作は以前から続けていましたが、4年前から彫金を本格的に学び始め、約2年間ワークショップに通って技術を深めてきました。まだまだ勉強することは山ほどですが、少しずつ思い描いた形に近づける喜びを感じられるようになってきました。
植物と彫金はマテリアルとして全く違うもので、いわば真逆のもの。彫金は700℃以上の高温で加工するのだけど、植物は熱や火で焦げたり燃えたりしてしまう。この両極端な素材を組み合わせてジュエリーを制作しており、そのプロセスでは失敗を重ねることもしばしばです。思うように進まないことも多く、時にはかなりの時間がかかってしまうこともあります。

中島:
彫金と植物はどちらを最初に始めたのですか?

Natsuko:
最初に始めたのは木や植物からです。そこから彫金にも興味が広がり、今では主にシルバーを使って制作しています。将来的には、作品に応じて金や他の素材も取り入れていけたらいいなと思っています。それくらいの価値を植物に込めて、引き立てたいという想いがあるからです。ジュエリーを作り始めた頃は、まだ技術も十分ではなかったので、市販のパーツを使って組み合わせるような形でスタートしました。でも、それではまったく満足できなくて。今ではシルバーをメインに、チェーンやブローチもできる限り手作業で制作するようにしています。表面の仕上げにもこだわっていて、光沢のあるものやマットな質感など、さまざまな仕上げを試してきました。ピカピカに磨いた光沢仕上げも試したことがありますが、やはりマットな方が木や植物との相性がよく、自然に馴染むように感じています。今では、マットな質感の作品が多くなっています。

Natsukoさんが制作された美しいジュエリー。彫金で作るブレスレット。ジュエリー制作には繊細で器用な作業だけでなく、ハンマーなどを使う力仕事も作業工程に含まれている。全てのジュエリーやオブジェをこのアトリエで一人で手作業で制作している。


―自然や木が作った美しい模様をどのように表現していくか

Natsukoさんが美しいブローチを手に取り、木や自然が作り出した模様や、どのような点にこだわって制作されたのか丁寧に教えてくれた。


Natsuko:
このブローチの表面には漆を薄く塗っているのだけど、磨くことで、木目がまるでゴールドの線のように浮かび上がります。これは磨けば磨くほど現れる自然の模様です。(別の木を手に取り)これは松の木なのだけど、このまま使うと年輪の模様が強すぎるけど、縦向きに使うことで全然違った印象になります。松はそれこそ強度があるから比較的使いやすいものなのだけど、パターンが強い。だからあえて漆を塗ったりしてパターンを調節したりしています。一方、白樺は平均樹齢が50年ほどと短く少々脆いのだけど、模様が面白いからとても好き。
こんなふうに、木の個性は人間と一緒で一本一本が全然違います。だからこそ、木をひとつひとつ手に取って、「これはどこの柄を使ってどういうものを作ろうかな」、「どこをフォーカスしようかな」、と考えながら制作しています。例えば、この木は少し歪んだ形がかっこいいから、そこにフォーカスして、アクセサリー全体のデザインも少し歪さを出すような、アンパーフェクション(不完全さ)の美しさを表現しました。

様々な木々のコレクション。「宝物」を扱う美しいNatsukoさんのお手元とデスク。選んだ枝を丁寧にカットしていく。


中島:
草木のフォルムからアクセサリー全体のデザインを考える、面白いですね。植物の魅力やアイデンティティが詰まったジュエリーはどれも本当に素敵。Natsukoさんは昔から自然に強い興味があったのでしょうか?

Natsuko:
いえ、そこまで強い関心があったわけではないんです。父が幼い頃によく山やキャンプに連れて行ってくれたので、それが多少影響しているかもしれませんが。小さい頃から、無駄になるものやゴミになってしまうものを磨いたり、新しい使い方を考えたりするのが好きでした。捨てられる運命にあるものに価値を与える——そんな感覚に近いかもしれません。
そういったものに手を加えて、新しいものを生み出すという行為は、自分にとって大切にしていることのひとつです。うまくいかないこともありますが、それでも自分の中では大きなやりがいを感じていて、生きがいになっています。

中島:
幼少の頃からの “ものづくり” のパッションが、ここにたどり着いたのですね。

Natsuko:
そうかもしれないです。昔から植物のかたちを見て、そこにバランスを加えるのがすごく好きでした。今、制作しているオブジェもそうですが、自分で拾ってきたものを組み合わせて、ひとつのバランスを見つけていくことがとても楽しいんです。苔の色や草木の色には、本当にたくさんのがあって、自然が生み出す色やかたちは、まるで完璧な絵のように感じます。自然は、終わりのない探求の対象であり、永遠に学ばせてくれる存在。 同じ種類の植物でも、まったく同じかたちの葉はひとつとしてなくて、そういう細部に魅了される人にとっては、これ以上ない世界だと思います。もう、新しい発見ばっかり!

中島:
Natsukoさんと手製本家の佐季ちゃんは私の中で植物先生なんです(笑)。最終的なアウトプットが2人とも違うところも魅力的で面白い。アトリエにはNatsukoさんが制作された美しいオブジェも並ぶ。ジュエリーだけでなくオブジェも植物と彫金が融合している。そこから生まれる美しい調和が魅力的だ。


Natsuko:
植物を扱う人は大勢いますが、そこから得るものは本当に百人百様で、そこがまた面白いですよね。植物は有機物だからこそ常に変化し続けていて、まったく同じパターンのものはひとつとして存在しない。そういった意味でも、とても魅力的な存在です。
私はグラフィックデザインの仕事もしているので、どうしても形や色、パターンに目が行きやすく、ジュエリーを制作する際にも、木や枝のかたち、カットする部分、断面の模様などを特に意識しています。個性的でおもしろいパターンに出会えたときは本当に嬉しくなります。でも、いざ作業を進めていく中で、「これだ」と思ったパーツが実はとても脆くて、最初からやり直しなんてこともよくあって、そんな日々の繰り返しです。

中島:
Natsukoさんのお話をお伺いし、Natsukoさんが制作されたジュエリーや植物を扱う仕草を見て、Natsukoさんが楽しんで制作されている姿勢を感じます。その姿勢がジュエリーから感じ取れ、身につけたいな、と思う方の心に響いているのでしょうね。
「WEARING」「SEEING」「FEELING」に焦点を置いている、とコンセプトに書かれていますが、特に「FEELING」という点では、ジュエリーを身につけた方にどのようなことを感じていただきたいと思っているのでしょうか?

Natsuko:
FEELING」というのは、ジュエリーを身につけることで、その植物そのものや空気感を感じてもらいたい、という想いから生まれたコンセプトです。肌を通して、その感覚が染みわたっていくような、そんなイメージでつくっています。
ふと目に止まった景色や瞬間を写真に撮って、ポストカードをつくることもあります。そこにはジュエリーの写真と、短い文章を添えています。たとえば、Flower Vase イヤリングは花瓶のような形をしているのですが、そのポストカードにはこんな言葉を載せました:

“The silent forest by tree that fell decades ago. Numerous insects have made their home.”

ここにお花や植物を生けると、森のオーケストラが聴こえてくる、そんなことを、l’île d’eau のジュエリーを身につけるたびに感じてもらえたらと思っています。

ジュエリーひとつひとつにストーリーがあって、ただ植物そのものを感じるだけでなく、それぞれの感性でその背景や物語も楽しんでもらえたらと思っています。身につけることで、植物や自然とつながる——そんな感覚も大切にしています。

プロダクトとしての美しさだけじゃなくて、植物たちの個性をもう一度引き出すためのジュエリー。だからこそ、そういった部分にも少しでも目を向けてもらえたら嬉しいです。

 

―プロダクトのケアだけでなく、香りも楽しめるピアス。今回お取り扱いさせいただくジュエリー「シングルハンディングイヤリング」について話してくださった

Natsuko:
このピアスには、調香師の沙里さんにお願いして、l’île d’eau のイメージをもとに作っていただいた「森を感じる香り」Cosui が付いています。木製パーツのお手入れにもなりますし、香水としても使えるアイテムです。この香りをまとってピアスをつけると、揺れるたびにふわっとやさしい香りが広がり、身につけた方をそっと包み込みます。「木々の香りと共に舞うチェーンピアス。そよ風に触れるたび、爽やかな香りが揺れる」——そんなコンセプトを込めて制作しました。ジュエリーとしての美しさに加えて、香りという感覚を通して、より深く自然とつながる体験を楽しんでもらえたら嬉しいです。

中島:
本当だ、とても良い香り。揺れるピアスは外観が素敵なだけでなく、揺れることで良い香りに包まれ爽やかな気持ちにさせてくれて、トータルのデザイン性が高くて個人的にとても好き。シンプルな形と、木が持つ黒い模様がポイントになっていて、植物の個性を感じますね。

©Natsuko Mizushima  ©Natsuko Mizushima 

アーティストのMaxim Pritula氏とジュエリー作家Alina Naomi氏による3人展「Natura Morta」の展示風景。

展覧会には、Natsukoさんのオブジェ作品に加え、Alina Naomi氏とコラボしたジュエリーも展示されている。

左)Alina Naomi氏とコラボしたピアスを、あえて吊るして展示することでモビールのように動きが出た作品。
右)木から植物、新たな生命が生まれたような美しいオブジェ。まるで小さな湖のような鏡の上に、そっと浮かぶオブジェから涼しさ、静けさを感じた。

美しい作品の数々。


インタビュー後記:「調和」について

Natsukoさんと初めてお会いしたのは、私がベルリンに移住して間もない頃だった。気さくで話しやすく、芯の通った素敵なお人柄に触れ、自然と憧れの存在になった。コロナパンデミックを挟んで少し疎遠になってしまったが、インスタグラムでずっとNatsukoさんの活動を拝見していた。木々や彫金のハーモニーが美しいジュエリーの写真を拝見してから、いつかジュエリー制作について直接お話をお伺いしたいと思っていた。今回、共通の知人の展覧会を通して久々の再会を果たし、インタビューを申し込ませていただいた。
Natsukoさんのアトリエへ足を踏み入れた際、心地よさとともに、不思議な懐かしさを感じた。自然物と人工物、立体のものと平面のもの、ヨーロッパのものと日本のもの——それぞれが共鳴し合い美しい調和を生み出しているその空間は、Natsukoさんが創り出すジュエリーそのもののように感じた。

今回、調香師の沙里さんのオイルがついた美しいピアスのお取り扱いをさせていただくことになった。この記事を通して、Natsukoさんのジュエリーにご興味を持っていただけたら嬉しく思う。

〈 今回お話を伺った人 〉

Natsuko Mizushima さん

ベルリン在住。デザイナーとして働く傍ら、目にとまった自然の様々な形を収集し探究する。 「WEARING」「SEEING」「FEELING」に焦点を起きながら、アクセサリーやオブジェなどを制作。

https://www.liledeau.net/index.html

 

取材・文・撮影 =中島ゆう子


※記事内でご紹介したNatsukoさんのジュエリーは、年内に発売開始予定です。ぜひ、楽しみにお待ちいただければ幸いです。