旅をする理由


どうして旅にでるのかと聞かれる
見えないものを見たいと答える

旅は「昼の星」を見ているような
そんな特別な感覚になる

いつもは見えないけれど
たしかにそこに存在しているもの

個展 『daylight star  - 昼の星 -』より / 2016.03

 


子どもの頃から空を眺めるのが好きで、地球の裏側で生活をしている人たちのことを想像しては、空に向かってこっそりと話しかけたりしていた。

親戚がオランダとカナダで暮らしていたのもあり、私は "海外" というものや他国の文化に抵抗なく育った。どちらも大好きな国だが、読書感想文には『アンネの日記』を選んだり、夏休みの宿題ではゴッホの向日葵を模写して提出していたほど、当時の私はオランダという国に特別惹かれていたように思う。

小学5年生のとき、大切に貯めていたお年玉とお小遣いをすべて引き出し、胸を高鳴らせながら初めて国際線の飛行機に乗り込んだ。向かった先はもちろんオランダ。40ヶ国以上旅をしてきた今でも、一番鮮明な記憶として心に残っているのはこの旅かもしれない。とにかく、目に映るものすべてが真新しくて新鮮だった。

アンネ・フランクの隠れ家、ヴァン・ゴッホ美術館、風車や木靴の町、チーズマーケット、運河クルーズ…  ベネルクス三国のベルギーやルクセンブルクにも足を伸ばし、ダイヤモンド工房やブルージュのレース編みを楽しんだりと、ここでは書ききれないほどありとあらゆる場所に連れて行ってもらった(人生で初めての日食を体験したのもこの旅だ)。

どれも特筆に値する素晴らしい経験になったが、私が一番感動したのは "光" だった。土地が変われば光が変わる。今では当たり前にわかるようなことでも、当時の私にとってのそれはあまりに美しく、「言葉を失う」とはこういうことなのかと身を持って感じていた。

オランダらしい細長い家々の間から運河にこぼれ落ちてゆく光、その宝石のような輝きをなんとか日本に持ち帰ろうと、夢中でシャッターを切っていたのを今でもよく覚えている。ここで光を撮りすぎたばかりに、後日使い捨てカメラを何個も買い足してもらうことになったのは、今では笑い話にできる良い思い出だ(逆光での撮影がどうなるかという知識を持ち合わせていなかった私は、帰国後現像からあがった写真を前に愕然としたが…)。


この渡航をきっかけに、私の人生の大きな軸は  "旅" になった。

あれからもう20年以上の月日が流れている。紆余曲折あったものの、私はその長い年月の間で旅を仕事にしながらたくさんの土地を訪れることとなった。そして、ひとつひとつの経験に心を震わせ、シャッターを切ったりペンを走らせたりして過ごしてきた。

宝石のように輝く美しい光を見たあの日からずっと、「見えないものを見てみたい」「世界中の美しい一瞬を集めたい」という想いは、私の中で何も変わっていない。


地球はたくさんの生命をのせて今日もゆっくりと回っている。生きていれば悲しいことだってある。世界中では目を伏せたくなるような辛いことがたくさん起こっているのも事実だ。

それでもこの世界は美しい一瞬で溢れていて、その一瞬一瞬の積み重ねが、この世界の、そして私たちの素晴らしさを作っているのだと、私は信じている。


そんな美しいかけらをこれからもたくさん集めていきたい。それが「私が旅をする理由」だ。


文=帆志麻彩





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