海の写真で世界が変わらなくても

このお店を始めてから、「なぜ "旅とアート" がテーマなのか」尋ねてもらう機会が増えました。旅については以前こちらで記した通りですが、"アート" の部分については聞いていただいたときに答える程度で、自ら想いを伝えたことはあまりなかったように思います。先日、友人と食事をしているときにそんな話になり「もっと考えていることを伝えてもいいと思うよ」とアドバイスをもらったので、この機会に少しまとめてみようと思います。20代半ば頃から gallery 運営などに携わり、"アート" が旅と並ぶ人生の大きな軸になってから、かれこれもう9年程になる(アートと一口に言っても、私はそのほんの端っこに触れているくらいのものだが)。


なぜこうして長い間 gallery に携わったり、作家さんの作品を販売しているのか、自分のなかには明確な理由がある。アートが好き、作家さんを応援したい、もちろんその気持ちも大きいけれど、一番の理由は "ひとつの作品が押しつぶされそうな人の心を軽くすることもある" と信じているからだ。

私自身、部屋に飾っている海の写真に何度も救われてきた。例えば、悲しいことがあったとき。すぐに本物の海を見に行くことはできなくても、棚に立てかけてある海を見れば心が少し軽くなる。立ちすくんでしまいそうな朝も、心許ない夜も。額装されたその一枚の海は、干上がりそうな私の心をいつだって満たしてくれる。それが住み慣れた自分の部屋であっても。海の写真をひとつ飾ってみたところで、この世界で起きている残虐なことは何も解決しない。

それでも、誰かの心が軽くなったら、その日起こるはずだった小さな争いごとはひとつ無くなるかもしれない。その小さな争いごとがきっかけで起こるはずだった別の争いごとも、もしかしたら無くなるかもしれない。

そんなことで世界は変わらないかもしれないけれど、今よりほんの少しだけ、優しい世界になるかもしれない。

綺麗事だと笑われても、私はそう信じていたい。 

だからきっとこれから先も、私は誰かの作品を、誰かに届けていくのだろう。そうあるように、そうあれるようにと、心から思っている。


写真=中村風詩人
文=帆志麻彩