シェリー・レヴィーン展覧会|アプロプリエーションによる「引用」の範囲を超えた作品とは
寄稿者:中島ゆう子(写真家)

アプロプリエーションを用いて男性優位な美術社会へ立ち向かったアーティスト
1947年アメリカ合衆国で生まれたシェリー・レヴィーンは、アプロプリエーションを用いて作品を制作するコンセプチュアルアーティストだ。アプロプリエーションとは、既に世に出ている作品を「引用」の範囲を超えて自らの作品に取り込む手法で、彼女は主に写真や絵画、時には立体物を用いてアプロプリエーションの作品を制作している。オリジナルでもコピーでもない― 流用と再文脈化された彼女の作品は、オリジナル性の概念について静かに問いかける。シェリー・レヴィーンは、ウォーカー・エバンス、エドワード・ウェストンなどの写真家やマン・レイ、マルセル・デュシャンなどの権威ある男性アーティストの作品を「女性アーティスト」がアプロプリエーションすることで、男性優位の美術社会に立ち向かった。
展覧会が開催されたギャラリーブッフホルツは地上階と2階にそれぞれ展示スペースがある。2階の展示スペースはアルトバウ(Altobau)と呼ばれる地区100年以上前の建物の中に位置するため、天井が高く広々とした空間になっているが、一方地上階の展示スペースは最近増設されたのか、天井がとても低い。同じ「ギャラリー」でも展示空間のこうした大きな違いによって作品の見え方も時には変化し、展覧会がより面白いものになっていると個人的に感じる。
絵画なのか、写真なのか ― 再文脈化された作品が観覧者を混乱させる?
階段を上がり2階の展示スペースに入ると、そこには『After Piet Mondrian: 1-15, 1983』の作品が飾られていた。「15点のカラフルなグリッドの “平面作品” が壁に綺麗に並んでいる」、初めて作品を目にしたとき、そう感じた。しかし、作品の方へ歩み寄り、一点一点注意深く観ていくと、その “平面作品” の支持体に不思議な懐かしさを感じた。支持体は C-Print、つまり印画紙だったのだ。この “平面作品” はモンドリアンの絵画を複写した写真作品であった。グリッドをさらによく見ると、紙に直接筆やペンで書かれたようなシャープさはない。画面全体から放たれる写真特有の粒状性がモンドリアンの作品『コンポジション』を、曖昧な「不思議なもの」に変容させていた。『After Piet Mondrian: 1-15, 1983』の一部。カラー印画紙特有のテカリや紙の厚さを感じる。
さらに展示スペースを進むと、別の “平面作品” が展示されていた。今度の “平面作品” は油絵だった。漆黒の床と真っ白な壁やドアの隣にポツンと展示されたいたモノクロの油絵は、空間全体に独特な空気を放っていた。
異なる技法・支持体を用いながらも同じモチーフで制作されたこれらの作品は、訪れた人を混乱させるだけではなく、心地の良い驚きを与えながらも、「オリジナル」とは何であるのかを問いかけているように感じた。『After Piet Mondrian Black and White:2, 2024』
同展示スペースに展示されていた『Nature Morte 1-12, 2023』。彫刻と平面作品、あるいは抽象絵画とレディメイドの“あいだ”や“ゆらぎ”を作品から感じた。
コロナ禍に制作された『Covid, 2023』 ― 芸術作品ではなく「社会現象」が取り込まれた作品
2階展示スペースを後にし地上階の展示スペースへ移動すると、そこには11X14インチよりやや大きい額装作品が壁一面に展示されていた。作品詳細に目を向けると、対になっている2連画(2枚で1組の作品)が36種類、トータル72点のフレームが壁に並んでいることが分かった。
モノクロ写真にしては質感や粒状性に欠ける、この作品は一体何なのか。ステートメントに目を通すと、ロックダウン中にシェリー・レヴィーンが受け取ったごく一般的な高級家具のデザインカタログのページを抜粋したもの、すなわち雑誌のページを額装した作品であることが分かった。
世界中の人々が「ステイホーム」生活を強いられ、移動・外出に制限がかけられたあの日々は、5年もの歳月が経過すると、記憶が曖昧になっているのは私だけだろうか。スーパーマーケットの長い行列、呼吸がしずらいマスク、Schnelltest(コロナ検査)の予約フォーム画面。断片的な事柄はぼんやりと覚えているが、自宅待機中にどんなことをしていたのかあまり覚えていなかった。しかし、この『Covid, 2023』を目にした時、作品に写る肌触りの良いカーペットやシンプルながら高級感のある家具よりも、閉鎖的な空間に意識が行き、自宅待機を強いられたときの記憶―外出できないストレス、息苦しさ、感染に対する恐怖、経済的不安を感じたあの日々を思い出した。高級家具のデザインカタログをただ見ただけなら、おそらく当時のことは思い出さなかっただろう。部分的に切り取られた高級家具の装飾のイメージが、均質かつ綺麗に繰り返され、「反復」あるいは「コピーアンドペースト」の連続から成るメタボリズム的かつ形式的表現で壁一面を埋め尽くす。シェリー・レヴィーンの作品『Covid, 2023』シリーズは、淡々と、美しく、そして静かに私のコロナ禍の記憶を呼び起こした。
複製技術である写真を用いて作品を制作する身にとって、表現について考えさせられる素晴らしい時間となった。『Covid, 2023』シリーズ。全体を見た時の迫力感、一点一点のクロップ、調和の取れた2連画の配置など、興味深い点が数多くあった。2階に展示されていた『After Piet Mondrian: 1-15, 1983』との連続性をも感じる。
地上階の展示スペース
地上階の展示スペース
Sherrie Levine 展覧会開催概要
会期:2024年10月25日(金)〜2024年12月21日(土)
時間:11時〜18時
休館日:日曜・月曜
会場:Galerie Buchholz
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