『ソール・ライターの原点 ニューヨークの色』展 / Bunkamura

2017年、渋谷の Bunkamura ザ・ミュージアムで日本初の回顧展を催し大きな話題を呼んだ写真家ソール・ライター。日本でほぼ無名だったライターはその名を一気に知らしめ、日本で愛される写真家へと変貌を遂げる。さらに2020年1月には『永遠のソール・ライター』と題した展覧会が開催され、コロナ禍の影響で閉幕前に中止を余儀なくされながらもアンコール開催が実現、2度目のブームを巻き起こすこととなった。

そんな彼の待望とも言える展覧会がこの夏ヒカリエホールで開催されるという知らせを受け、私もファンの一人として首を長くしながらその日を待っていた。
初めに感想を書いてしまうと、会場を出たあとその素晴らしさに深いため息がでた。彼の世界観に惹き込まれたのは言うまでもないが、ソール・ライター財団やBunkamuraの企画力に盛大な拍手を送りたい、そんな気持ちだった。Bunkamuraで開催された過去2回の展覧会がどちらも大規模だったのにも関わらず、またより深くソール・ライターの仕事を掘り下げていること、展覧会を通して制作側のライターへの愛を感じずにはいられなかったのだ。

巡回展もなくヒカリエのみで開催された今回の展覧会。Bunkamuraザ・ミュージアムからヒカリエホールへと展示スペースが移ったことで、より細かく、そしてダイナミックに構成された内容について、備忘録としてここに記しておこうと思う。

「ソール・ライターの原点  ニューヨークの色」展
Origins in Color

50代でキャリアの表舞台から姿を消し、富にも名声にも一切の関心を示さず、淡々と自らの美意識に忠実に生きていたソール・ライター。彼が80代になった2006年、世界中の写真ファンを魅了し続けるドイツのシュタイデル社から刊行された初の写真集『Early Color』によって、再び脚光を浴びることになる。

2013年、ソール・ライターがこの世を去った時点で、その作品の大半は未整理のままだったが、翌年に創設されたソール・ライター財団によって、アーカイブをデータベース化する「スライド・プロジェクト」が着手。未整理の作品はカラースライドだけでも数万点にのぼり、業績の全貌が明らかになるには、さらに十数年の歳月が必要とも言われている。

今回の展覧会では、新たに発掘された作品による大規模なカラースライド・プロジェクション、未公開のモノクロ写真、絵画など最新作品群を含む400点以上の作品を通して、これまで紹介していなかった知られざるソール・ライターの素顔と、「カラー写真のパイオニア」と称され世界中を驚かせ続ける色彩感覚の源泉に迫っていく。

〈見どころ〉

1.1950〜60年代頃、黄金期のNYを写し撮った未公開スナップ写真
.NYで交流した後の巨匠アーティストたちのポートレート
.1950〜60年代の『ハーパーズ・バザー』でのファッション写真
.カラー写真約250点を投影する10面の巨大スクリーン

今回、これまで日本で紹介されていなかったモノクロ写真が多く展示されていた点については個人的にも特筆しておきたい。ライターはカラー写真の印象が強いが、1950年代に撮られたというそれらの写真からはモノクロ写真の質の高さを存分に堪能することができた。

そのうちの何点かは、ライターが暮らしていた街の近くのダウンタウンで撮影されたもので、アンディー・ウォーホルやダイアン・アーバスなど、後の巨匠アーティストたちの姿が写し撮られたものだった。彼独自の静かで神秘的とも言える視点から、彼が活動していた当時のニューヨークに深く入り込むことができる。
ソール・ライターは1958年に『ハーパーズ・バザー(Harper's BAZAAR)』誌でカメラマンとして仕事をスタートさせて以降、多くの雑誌でファッション写真を撮影していた。

それらの写真を掲載した雑誌のページが壁やケースの中に展示されていたセクションも、とても素晴らしく見応えがあった。ひとつひとつの年代を追って見ていくことができ、当時ライターの写真がどのように使われていたのかをよく知ることできる。"ソール・ライターとファッション" について、より理解を深めるための空間となっていた。絵画を集めた展示室では、絵画と一緒に彼の代表的なカラー写真作品も並んでいた。

「写真家の展覧会でなぜ沢山の絵が飾られているのだろう」と思う人もいるかもしれないが、"写真を撮っていないときは絵を描き、絵を描いていないときは写真を撮る" 、彼は写真家でもあり、画家でもあるのだ。

ソール・ライター財団代表のマーギットさんはこう語る。
「絵画は彼の内面から出てきたものですが、彼が私に言っていたのは、写真はある意味で自分でイメージを発見しようと思ったものではないと。そして99.9%の写真は彼が移り住んだイーストヴィレッジの家の近くで撮られているのです」

"画家の目を持つ写真家" とも言われたライターは、その生涯筆を持ち続けた。自身の手で自由に創造された絵画作品からは、写真とはまた違う視点で彼の色彩感覚を楽しむことができる。会場の一角には、ソール・ライターが長年住み終の棲家となったイースト・ヴィレッジのアパートの一室(アトリエ)が再現されていた。壁に投影されているのは写真集『Early Color』からセレクトされた作品や代表作の数々。これは実際に彼の部屋にあった大きな窓をイメージしており、その窓から彼の作品を通してニューヨークの風景を覗くことができる仕掛けになっている。

また、日本美術も彼の源泉にあったということを忘れないよう、隅の方には浮世絵や日本の小さな箪笥なども置かれていた。その他にもテーブルにはカラースライドが収められた箱が置いてあるなど、細かな空間演出から当時の雰囲気を感じることができた。そして、今回一番の見どころと言ってもいいのがこの大型スクリーンだ。

並べられた10個のスクリーンには、
ソール・ライターのカラースライドアーカイブから持ってきた250枚もの写真が投影され、その半分以上が世界で初めてヒカリエホールで公開されたのだ。

今回のスライドでは、1940年代〜60年代の『Early Color』からセレクトされたものも含め、ストリートスナップやファッション写真など様々なテーマで展開されていた。

なかでも私が特に目を奪われたのが、1970年代に撮影された美しい雪の風景だけを捉えたスクリーン。真っ暗な空間のなかで写し出される雪の静けさがとてもドラマチックだった。このスクリーン会場だけはずっと残しておいてほしいと思ってしまうほどに。

またいつかどこかで彼の作品に触れられる日が、今から待ち遠しくて仕方ない。

文=帆志麻彩



『ソール・ライターの原点  ニューヨークの色』開催概要

会期:2023年7月8日(土)〜8月23日(水)
時間:11時〜20時  ※最終入場 19時半
休館日:なし
企画制作:Bunkamura
協力:ソール・ライター財団

◇ ヒカリエホール ホールA
住所:東京都渋谷区渋谷2-21-1 渋谷ヒカリエ 9F
TEL:050-5541-8600
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/23_saulleiter/
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