日常で見逃されている美を写すこと、それが彼の生き方だった
朝ベッドから起き上がると雨の音が聞こえた。それも出かけるのを躊躇してしまいそうなほどの大きさで。パンを頬ばりながら雨がつたう窓をぼんやりと眺めていると、ふと「有名人を撮るよりも、雨に濡れた窓を撮る方が私には興味深いんだ」と言ったニューヨークの写真家を思い出した。
その写真家の名前はSaul Leiter(ソール・ライター)。『LIFE』やファッション誌の第一線で活躍していたが、自分を売り込むことを嫌った彼の作品(いわゆるストリートスナップ)は長い間封印されていた。2006年、ドイツ・シュタイデル社から『Early Color』という写真集が刊行され、その色彩センスや透明性、ユニークな構図でとらえられた作品に多くの注目が集まるようになったのだ。
せっかくの雨の日、渋谷のBunkamuraで展示をやっているようなので足を運んでみることにした。会場に入ってまず驚いたのはその展示数。モノクロ、カラー写真に加え、和紙に描いた絵画作品などを含むと200点以上もの作品や資料が並んでいた。彼がとらえる風景は "美しい瞬間・美しい色" で溢れている。写真からどことなく感じられる優しさがこんなにも心を静かにしてくれるのだろうか。
展示を観終わって外に出ると雨足はさらに強まっているようだった。朝はなんとなく憂鬱に感じていたけれど、服の裾を濡らしながらも帰り道の雨は美しかった。
「写真家からの贈り物は、日常で見逃されている美を時々提示することだ」というライターの言葉がとても好きだ。今回の展示はまさに彼からの贈り物のようだった。彼が今もまだ生きていたのなら、きっと今日もいつもと同じように珈琲を飲み、絵を描き、写真を撮っているのだろう。
– 2017年6月/自室で書いた日記より –
文=帆志麻彩