リネケ・ダイクストラ展覧会レポート「Still — Moving. Portraits 1992 – 2024」

寄稿者:中島ゆう子(写真家)
オランダ出身の写真家RINEKE DIJKSTRA(リネケ・ダイクストラ)の展覧会が、2024年11月8日からベルリニッシェギャラリーで開催された。本展覧会では1992年から2024年までにダイクストラが制作した7つのプロジェクトと2つのビデオ作品を用いて、30年にわたる彼女の活動を追ったものだ。今回は個人的に特に印象に残ったものを中心に、本展覧会をご紹介したい。

 

ベルリン滞在中に制作が始まった「Park / 公園 (1998-2006)」

ダイクストラはDAAD(ドイツ学術交流会)のベルリン芸術家プログラムの一環として、1998年から1999年のおよそ一年間ベルリンに滞在する。その際に制作をスタートしたシリーズが「Park / 公園(1998-2006)」だ。

このシリーズは、ダイクストラがベルリンの公園(ティアガルテン)を探索中に話しかけた子どもや若者を撮影したポートレート作品である。ダイクストラは喧騒から離れた公園内で、真夏の深い緑を背景に強い光で被写体を捉えている。同シリーズより、光が印象的な少女の作品2点が入口のすぐそばに展示されていた。写真に写る少女の瞳、不思議な光、公園という “不自然” な自然で撮影されたこのポートレートは、写真の大きさも相まって強い存在感を放っていた。子どもたちの表情やポージングは無邪気さというよりどこか神秘的で、ぎこちなさというよりむしろ洗練されているように見えた。ダイクストラはアイデンティティが形成途中である子どもや若者たち特有の「発展しつつある時期」を写真で深く捉え、公園の緑と光と影の効果により、どこか “不気味” な印象さえも観覧者に与える。同じような不気味さ、特に「Tiergarten, Berlin, Germany, June 7, 1998」の2人の少女が写るポートレートはダイアン・アーバスを連想させ、トーマス・ルフやアウグスト・ザンダー、リチャード・アベドンのポートレートを私に思い出させた。偉大な先人たちの写真が自然と脳裏を巡り、連想できる展覧会は観覧していてとても心地が良く、個人的に大きな喜びをも感じる。

ダイクストラは同シリーズを2005年以降、アムステルダム、バルセロナ、リバプールなどの都市の公園で撮影を続けた。入り口すぐに展示されていた「Park / 公園(1998-2006)」シリーズ。どちらもベルリン・ティアガルテンで撮影されたものだ。Park / 公園(1998-2006)」シリーズ。アーバスの作品を連想させる。オランダで撮影された「Park / 公園(1998-2006)」シリーズ。ベルリン・ティアガルテンで撮影された「Park / 公園(1998-2006)」シリーズ。3点並ぶと、三位一体のような神々しさが際立つ。

「Park / 公園(1998-2006)」のエレメントを感じるシリーズ「Beach Portraits / ビーチポートレート(1992-1998)」 ― ふたつのシリーズから見えてくるもの

ダイクストラは、オランダとアメリカのヒルトンヘッドアイランドで「Beach Portraits / ビーチポートレート(1992-1998)」シリーズの撮影を開始し、その後、イギリス、ポーランド、ウクライナなど、ヨーロッパ全土で同シリーズの撮影を行う。 ダイクストラは海と空を背景に立たせた被写体を正面から捉えている。撮影年度や環境が違えど、「Park / 公園(1998-2006)」のような “不気味さ” が写真からひしひしと感じられる。ダイクストラのポートレートは被写体がまるで彫刻のように見える ― それは光とポージングがそうさせているのだろう。

ダイクストラは写真を撮る時、何に注目しているのだろう? 4×5カメラのピントグラス越しに彼女が注視しているものは、きっと被写体が持つ個性だろう。彼女はカメラの前に立つ被写体の意識と無意識の間に生じた、一見観察されていないような瞬間の特定の態度や表情、しぐさを注意深く見ているのだろう。ポートレートというジャンルを再解釈したダイクストラの写真は、被写体を日常的な環境でありながら “非日常的” な空間にいるように写真で表現し、さらに “意識と無意識の間に生じる個性” を力強く捉えている。一度作品を見ると頭から離れない、ダイクストラのポートレートを、ベルリンにお越しの際はぜひご覧いただきたい。「Beach Portraits / ビーチポートレート(1992-1998)」シリーズ。 「Olivier(The French Foreign Legion)/ オリバー(フランスの軍人)(2000-2003)」シリーズ。入隊したオリバーのポートレートからはアイデンティティや権力が表現され、“男らしさ” を観覧者に問いかけている。 「Family Portraits / 家族写真(2002-today)」シリーズ。兄弟間の微妙な力関係と同時に、それぞれの “個性の主張” が写真から伝わってくる。「Almerisa / アルメリサ(1994-today)」シリーズ。戦争孤児だったアルメリサが、内気で幼い少女から自信をもってカメラに向かうエレガントな女性へと変容し、母親となった姿を追ったものである。

 

RINEKE DIJKSTRA Still – Moving. Portraits 1992–2024 (solo show) 開催概要

会期:2024年11月8日(金)〜2025年2月10日(月)
時間:10時〜18時
休館日:月曜・火曜
会場:Berlinische Galerie 
GoogleMap今回買い付けさせていただいた本展覧会の図録には、上記2つのシリーズ以外の作品も掲載されている、大変見応えがあるものとなっています。図録でぜひ、ダイクストラの世界を堪能していただけたら嬉しいです。



リネケ・ダイクストラ 図録
Still - Moving: Portraits 1992 - 2024 / Rineke Dijkstra

 
▼著者の寄稿文一覧
https://atsea.day/blogs/profile/yuko-nakajima