日々も旅もほがらかに。 第一話「また、海外へ」
At Sea Day 店主による旅エッセイ。
笑ったり転んだりしながら、
日々も旅もほがらかに。
最後に海外を訪れたのは2019年12月、行き先はスウェーデンだった。ふり返ってみれば、もう5年近く日本を出ていないことになる。スウェーデンから日本に戻ると、その後まもなくして COVID-19 が世界中の扉を固く閉ざした。
海外取材を主な仕事にしていた私の生活も大きく変わり、仕事は国内で完結するものにシフト。突然やってきた変化に戸惑いながらも、この数年間で日本を出ない生活にすっかり慣れてしまった。その間に今まで知らなかった国内の素晴らしい風景に出会うことができたと思えば、決して悪いことばかりではなかったのだが。それでもやはり、世界が日常を取り戻していくのと同時に、私の心の中にも「また、海外へ」という想いが少しずつ生まれていた。
そして、2025年4月。あたたかい春風に背中をおされるようにして、ついにフライトチケットを予約した。久々の海外。渡航先として選んだのは、ゴッホやミッフィーなど日本でも馴染み深い "オランダ" だ。
オランダは人生で初めて訪れた国。そのときの旅については こちらの記事 で少し触れているが、有名なTV番組のタイトルを拝借すると、まさに私にとっての『Another Sky』。 「忘れられない、空がある。忘れたくない、空がある」というキャッチコピーがぴったりとあてはまる場所、それがオランダなのだ。
At Sea Day をオープンしたとき、母にこんな言葉をかけてもらった。
「小学生のときのオランダの旅が、あなたをここまで連れて来てくれたんだね。旅と写真を仕事にするのは大変だったでしょう」
母が言ってくれたように、あのときの旅が私をここまで連れてきてくれたのだと思う。「自分の中の旅を取り戻す」にはこれ以上ない場所だ。
そうと決まれば忙しい。期限が切れていたパスポートを急いで作り直し、引き出しの奥の方に眠っている海外用の電源プラグをひっぱり出す。その前に、行きたい場所をリストアップしないと! 宿泊場所は? 時差は何時間だっけ? あれ、私最低限の英語覚えていたかな…?「今週はペルーで、帰国したら3日後にはハワイ」なんてスケジュールで取材していた20代の頃の私が今の姿を見たら、とても信じられないだろう。まぁ、それも人生というもの。経験を重ねて落ち着いてくるばずの30代半ばで、また慌てふためいてみたっていいじゃない。と、開き直る力は年齢分だけ身につけてきたようだ。
そういえば、 "慌てふためく" 姿なんてまるで想像ができない人生の先輩に「昔からそんなに落ち着いていたんですか?」と尋ねたことがある。「まさか!全然余裕もなかったし、たくさん失敗してきたよ。だから今があるんだと思う」と少し照れくさそうに答えてくれた。その人が言う失敗経験は20代の頃の話だが、失敗からしか得られないことはたくさんある。もちろん、失敗をそのままで終わらせずにそこから学ぶ姿勢を大切にしてこそ、の話ではあるが。人生で大切なのは、何が起こったのかではなく、その出来事にどう向き合うかなのだろう。それは旅先で起こるハプニングや失敗にも通じることだ。
長時間フライトでも疲れを感じることはほとんどなかったあの頃。今では日常生活の疲れを回復させるだけで精一杯の毎日。チケットを予約するとき、「近場の国で肩慣らしをしてからの方が良いかもしれない… 」と考えたりもしたが、いきなり13時間のフライトに挑んでみる方が面白い気がした。大した準備運動もせずにフルマラソンを走るようなものかもしれないが、マラソンと違って座っているだけなのできっと何とかなるはずだ。今までも用意周到な人生は送ってこなかったし、そんな些細なことで後悔するタイプの人間でもない。出発日が迫るなか、行きたい場所リストどころかパスポートくらいしか準備ができていないのに、呑気にこんなエッセイを書いているところを見れば、おそらく私の自己認識は間違っていないだろう。
失敗も疲れもぽんこつな英語もまるごと楽しみながら、また海外へ。完璧な旅なんて目指さなくても大丈夫。肩の力を抜いて、パスポートコントロールを無事に通過できれば成功したも同然、くらいの気持ちで行こう。
そんな旅の様子は、また帰国してからゆっくりと綴りたいと思う。