目に映る景色が人生をつくるのなら。第3話「人生に必要なものはそんなにない」


目に映る景色が人生をつくるのなら、自分に何を見せてあげたいだろう。
At Sea Day 店主が綴る、のんびりマイペースな旅エッセイ。

第3話は、オランダのホームステイ先で学んだことについてお話します。
 


突如思い立ち、
オランダ行きの飛行機に乗った昨年の5月。何度目かの訪問となるこの国で、私は今までとは違う時間を過ごすことになった。それは、滞在期間の半分以上を田舎町にある一般家庭の家で過ごしたことだ。と言っても、自分でホームステイ先を探したわけではない。オランダ人の友人が「家族が住んでいる家に泊まってみる?」と声をかけてくれたのだ。

今まで留学経験もなければ、ホームステイ経験もない。以前 Airbnb の取材で、ポートランドのホストファミリーの家に宿泊させてもらう機会があったが、仕事なので本社の方の手厚いサポート付きだった。つまり、友人のご家族という安心感はあるものの、個人でホームステイをするのは人生で初めての経験だ。相手もホストファミリーとして観光客を受け入れたことはなく、お互い手探り状態になることは容易に想像できた。それでも、現地の人がどのように暮らしているのか興味があり、その好奇心からご厚意に甘えることにした。
友人家族が暮らすのは、アムステルダムから車で2時間ほど走った  Zutphen (ズトフェン)という静かな田舎町。待ち合わせ場所は、まるで絵本から飛び出したような可愛らしい家々が並ぶ住宅地だった。どの家も庭の手入れが行き届き、"花の国" の名にふさわしい彩りに満ちている。

この日、アムステルダムで暮らす叔母が車でズトフェンまで送り届けてくれた。叔母は若い頃に移住しているため、今ではもうオランダ生活の方が長い。それでも、出迎えてくれた友人とオランダ語で談笑する叔母の姿を見て少し不思議な気持ちになった。友人は叔母のオランダ語がとても上手なことに驚いていた(オランダ語は難しいらしい)。私は自分が褒められたわけでもないのに、「すごいでしょ」と得意気にしてみせた。
「春のヨーロッパ」という言葉から思い描くイメージと寸分違わない、心地よい快晴。友人家族の家に到着すると、そんな日にぴったりな、太陽のように明るい笑顔の二人が出迎えてくれた(写真左:Maria と Cor)。

オランダ語と日本語、そして拙い英語が入り混じるぎこちない会話がスタートする。Google翻訳の力を借り、時には友人の通訳を介しながら、私たちは手探りのコミュニケーションを始めた。


簡単な自己紹介と世間話を終え、案内されるままソファーに腰を掛ける。 すぐに Maria が "Koffie?"(オランダ語で珈琲の意) と声をかけてくれた。ありがとうと言って頷くと、彼女は鼻歌まじりでキッチンに向かい、珈琲とケーキの準備を始めた。
そういえば、ここに来る数日前に訪れた アムステルダムのカフェ でも店員さんが鼻歌を歌っていた。

珈琲とケーキを待つ間、私も周囲に聞こえないほどの小さな声で、こっそりと鼻歌を歌ってみる。すると、不思議と肩の力が抜けていくのがわかった。気分が良いから鼻歌を歌うのではなく、鼻歌を歌うから気分が良くなるのかもしれない。世界中の人が鼻歌を歌えば、世界はもう少しだけ優しくなるのではないか。そんな単純な平和を願いたくなるほど、そこには穏やかな空気が流れていた。

その後、夕食を終えて21時頃になると、また "Koffie?" と声がかかる。私は思わず壁にかけてある時計に目をやった。短針はたしかに " 9 " を指している。サマータイムの5月、外はまだ明るいが、こんな時間にカフェインを摂っても大丈夫なのだろうか。日本の常識に照らせば少し戸惑う習慣だが、郷に入れば郷に従え。
滞在一日目にして、 "オランダらしい" とも言える生活スタイルを体験できることになり、私はすっかり嬉しくなってしまった。
それから毎日、そして1日4〜5回は "Koffie?" と聞かれる日々を過ごした。せっかくのホームステイ。滞在中に "Koffie?" と聞いてもらったときは、必ずその時間を一緒に楽しもうと決めていた。後から知ったのだが、オランダ人にとっての珈琲は単なる飲み物ではなく、コミュニケーションのきっかけでもあるらしい。もしかすると、私が滞在していたことで普段より珈琲の回数が増えていたのかもしれない。

彼らの家には、大きな庭とサンルームがある。手入れが行き届いた季節の花々が目に優しい。木々には小鳥の巣箱がかけられ、そのまわりを鳥たちが楽しげに舞う。近所の家を見わたしてみると、どうやらこのあたりでは、庭の景色を眺めながら珈琲を飲む暮らしがお決まりらしい。私も日中に珈琲を飲むときは、いつも決まってサンルームに誘われていた。
ある朝、Maria が「パンを焼くけど、一緒に作る?」と声をかけてくれた。意気揚々とキッチンへ向かったものの、言葉の通じない二人はすぐにはたと立ち止まった。

「どうやって説明をすればいいかしら」
「どうやって教わればいいのだろう」

その瞬間、顔を見合わせ二人で笑いあった。結局、彼女が日常で作っているパン作りを私が見学するという形に落ち着いた。

滞在中に何度かパンを焼いてくれたが、焼き上がるといつも私のところに持ってきてくれた。彼女のあたたかい人柄そのもののようなパンを、私は一口ずつ、大切に味わった。
別の日には、Cor が「花を買いに行こう」とガーデンセンターへ連れ出してくれた。彼は少なくとも週に一度、お気に入りの花を探しに足を運んでいるという。この日はドライブがてら三箇所のガーデンセンターに連れて行ってくれた。

慣れた手つきで大きなカートをひき、ゆっくりと歩きながらお気に入りを見つける。事前に何を買うか決めている様子はない。毎週見に来ているからか一度にたくさん買うわけでもなく、欲しいものと出会えなければ無理に買うこともしない。ただ植物との対話を楽しんでいるだけのようにも見える。そんな Cor の後ろをついていく時間は、とても心穏やかなものだった。

帰宅すると、Cor は庭で花の手入れを始めた。足元は木靴を履いている。庭の片隅に立てかけられていたそれをお洒落なオブジェだと思い込んでいた私は、慌ててカメラを向けた。"オランダ=花とチーズと木靴" というイメージは、決して観光用のステレオタイプではない。それは今もなお息づいている彼らの日常なのだ。オランダらしい暮らしに触れ、また一人ほくほくと喜んでいると、その様子に気付いた Cor がこちらを見て優しく微笑んだ。
鳥の囀りや心地よい風に頬をゆるませ、季節の花を愛でる。好きなパンを焼いて、気の向くままに庭を整え、大切な人と珈琲を飲みながらのお喋り。ここでの暮らしはとてもシンプルだ。そして、そのシンプルで愛情に満ちた生活こそが、この上ない贅沢なのだと気付かされる。

今回のホームステイを通して、彼らと過ごした時間が、彼らの充足感に満ち溢れた笑顔が、人生にそれほど多くのものは必要ないのだと教えてくれた。

初対面の私にも、ここでは書ききれないほど惜しみない愛情を注いでくれた彼らに、心から感謝を伝えたい。そして、彼らの後ろ姿を見ながら静かに願った。いつか私も二人のように、シンプルで、けれど満ち足りた光景の中で、優しく歳を重ねていきたいと。




写真・文=帆志麻彩


▼関連記事
目に映る景色が人生をつくるのなら。第4話「言葉が足りなくても」