日本画家たちが描いた百花繚乱の世界へ。『花・flower・華 2026』展 / 山種美術館
旅の余韻というものは、時として人を予期せぬ場所へ運ぶ。 先日、仕事で『飛鳥Ⅲ』に乗船する機会があった。船内の空間全体がひとつの見事な意匠であり、日本の美意識というものが凝縮された船だった。下船してからも、あの凛とした空気が身体から抜けない。私は、日本画というものに真面目に向き合ってみたくなった。
折よく調べてみると、山種美術館で「花」をテーマにした展示が開催されているらしい。日本美術の知識が乏しい自分にとっても、花であれば親しみやすい。最初の一歩にはうってつけの題材である。五月晴れのある日、心地よい風に後押しされるようにして、山種美術館を訪れてみることにした。恵比寿駅から15分ほど歩いた先、喧騒を少し離れた一隅で、日本画家・安田靫彦氏が揮毫した書の看板が静かに来館者を待っている。それだけで、背筋がすっと伸びるような気がした。
『花・flower・華 2026』展
横山大観の桜・川端龍子の牡丹・速水御舟の梅
季節ごとに多彩な表情をみせる花は、四季を象徴するモティーフとして愛され、絵画の主題としても描き継がれている。今回開催された『花・flower・華 2026』展では、山種美術館が誇るコレクションを中心に、日本画家たちが描いた四季の彩りが鮮やかに咲き誇っていた。限られた空間でありながらも、一点一点に込められた美の表現は驚くほど深く、展示室を出る頃には二時間以上が経っていた。
〈 展示構成 〉
第1章. 季節の花々
— 春爛漫
— 夏の香り
— 秋の彩り
— 冬の華、春の訪れ
— 四季の楽園
— 花と器
第2章. 幻想の花々
朝日に輝く山桜を描いた横山大観《春朝》、雨上がりの陽光の中で咲く紫陽花を描いた山口蓬春《梅雨晴》、色鮮やかな菊花が目を楽しませる酒井抱一《菊小禽図》、紅梅の咲く古木と白梅の咲く若木とが対照的な速水御舟《紅梅・白梅》など、春夏秋冬それぞれの季節を感じさせる花の名画たち。一点を除き、展示室の写真撮影が禁止されていたこともあり、来館者はよりじっくりと百花繚乱の世界を堪能していたように見えた。それでいいのだと思った。絵を見るとは、そういうことなのだと。ここでは、特に心にとまった作品や作者の言葉を中心に残しておこうと思う。
〈 第1章. 季節の花々 〉
■ 春爛漫
稗田 一穂(1920-2021)《惜春》
1980年 60歳作 紙本・彩色
"花や鳥、景色の美しさを求めて描いてきましたが、美しさは自分の心の中にこそあることを今頃になって又強烈に思い、浅い過去を悔やんでいます。眩しいまでに耀く桜の花も、時に妖しく悲しく、そして艷やかな桜樹が融け込む闇の深い美しさに今更に感動し、暗さの中のかすかな色の移ろいに心を奪われるのも齢のせいでしょうか。"
石田 武(1922-2010)《月宵》
2000年 紙本・彩色
「世界の動物」「世界の鳥」などの図鑑イラストを手掛けるイラストレーターを生業としていたが、50代で日本画に転向、独学で描き続けた。《月宵》で描かれているのは、輝く月のもと、幽玄な姿を見せるしだれ桜。月光に映える桜の花一輪ごとの色彩を丁寧に描き分けている。
千住 博(1958-)《夜桜》
2001年 40歳作 紙本・彩色
"一輪の和花を見て美しいと感じるのは日本人だけではない。世界の誰もが美しいと感じる。そのような花を育てるのが日本文化ということだ。日本の美、それは世界の誰から見ても美しいものだ。日本人だけにわかるものなど存在しない。日本の美を探るなかで日本人が感じてきた普遍性のなかに、今の世界が忘れている何かがあるのかもしれない。それを示すことこそ、真のインターナショナル、真の国際貢献ではないだろうか。日本文化を通して、人類の真理に迫るーそれが日本美を探る意味ではないだろうか。"
■ 夏の香り
速水 御舟(1894-1935)《牡丹花(墨牡丹)》
1934年 40歳作 紙本・墨画彩色
墨の濃淡で牡丹の花びらを、淡い白緑と薄墨で葉を描く。御舟は36歳で渡欧し、それ以降、墨を主体に花を題材とした作品を何点も残している。いずれも墨の滲みの特性を最大限活かし、花や葉の柔らかさを巧みに表現しており、若い頃から画材の研究に取り組んできた成果といえる。弟子の吉田善彦はこの作品について、花の墨の色が実によく、そこのシベの金の色がうまく入っていると語る。また、想定したところで墨のにじみが止まるよう、あらかじめ花びらの形に水を引いておいたのではないかとも推測している。墨や白緑(びゃくろく)のにじみは、にじみ止めを使わない生紙だからこその味わい。実際に、間近でじっくりと鑑賞してみると、日本画の知識が全くない私でも、その表現の繊細さに引き込まれてしまった。
長谷川 雅也(1974-)《唯》
2016年 紙本・彩色
"唯、そこに咲く。一人佇み何を思うのか。暑い日も寒い日も、朝焼けから夕焼けの時、暗闇も穏やかな日も……。物言わず辺りを見つめ何を思うのか。生きていく事を切なく振り返る。"
■ 秋の彩り
木村 武山(1876-1942)《秋色》
20世紀(大正時代) 絹本・彩色
■ 冬の華、春の訪れ
酒井 抱一(1761-1828)《月梅図》
19世紀(江戸時代) 絹本・彩色
■ 四季の楽園
田能村 直入(1814-1907)《百花》
1869年 絹本・彩色
春夏秋冬の美しい花々を精緻な描写で色鮮やかに描いた画巻で、題名の《百花》の通り、100種類の草花が描かれている。展示ケース越しでも見惚れるほど美しく、百花繚乱の植物図鑑を見ているようだった。
荒木 十畝(1872-1944)《四季花鳥》
1917年 絹本・彩色
〈 第2章. 幻想の花々 〉
近藤 弘明(1924-2015)《清夜》
1970年 紙本・彩色
"現実の花、空想の華、いずれにしても存在感は同一である。現実の花は現実以上に空想的であり、空想の華は空想以上に現実的でなければならない。"
西田 俊英(1953-)《華鬘》
1983年 紙本・彩色
"初めてインドを訪れた際、悠々たるガンジス川のほとり、幾百の花と共に一体の亡骸が荼毘にふされていた。何かで表現しなければと思った。単に美しさや、死の生々しさではなく、死というものへの尊厳荘厳さを、銀を中心とした世界で表現したかった。"
花に思いを託し、祈りを込めて筆を重ねる。
鑑賞を終え、1階エントランスに隣接している「Cafe椿」へ。展示を観たあとは、その余韻に浸るためミュージアムカフェに行くのがお決まりのコース。今回は作品をモティーフにした和菓子とお抹茶のセットをいただくことにした。素晴らしい日本画の数々を思い返しながら、形や色に工夫が凝らされた和菓子を、目で楽しみ、口で味わう。なんて贅沢な時間なのだろう。
輪郭のない淡い色、肉厚な花びら、硬そうな緑の葉、荒々しい筆致の花、雨上がりの陽光の中で咲く瑞々しい紫陽花、梅越しの満月——。野山や庭に自然のまま咲く花々も美しい。一方で室内でも花器によって色の映え方やシルエットの印象が大きく変わる。それらを選ぶ画家の姿勢に美意識が滲む点もまた、非常に興味深い。そして、現実に咲く花ばかりではなく、花を生命の象徴や宗教的モティーフとして描いた第2章の作品についても、点数は少ないながら胸を突かれた。
花を描く際のアプローチは十人十色だが、それぞれが花という借り物を通して、自らの命や、目に見えない祈りを込めて筆を重ねているように思う。野に咲く花はいつか枯れてしまうけれど、彼らが描いた花々は、こうして時代を超えて私たちの心に残り続けてくれる。
喉を通るお抹茶の温かさを感じながら、私はじんわりとした幸福感に満たされていた。あの日、船の上で感じた予感は間違っていなかったのだ。こんなにも静かで、こんなにも深い日本画の世界に、今ちゃんと触れることができている。そのことがたまらなく嬉しかった。
『花・flower・華 2026 -横山大観の桜・川端龍子の牡丹・速水御舟の梅-』開催概要
会期:2026年2月28日(土)〜5月10日(日)
時間:10時〜17時 ※最終入館時間 16時半
休館日:月曜
◇ 山種美術館
住所:東京都渋谷区広尾3-12-36
https://www.yamatane-museum.jp/
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[電車のアクセス]
JR恵比寿駅西口・東京メトロ日比谷線恵比寿駅 2番出口より徒歩約10分
写真・文=帆志麻彩
