「世界一」を渇望するドバイの魅力とは。黄金の宮殿で味わう、アフタヌーンティー|ブルジュ・アル・アラブ

ドバイの街を歩いていると、時折、自分がどこにいるのかわからなくなる瞬間がある。目の前には未来都市のような摩天楼がそびえ立つ一方で、太古から変わらない砂漠の粒子が風に舞う。その境界線、アラビア湾の真っ青な海の上に、大きな船の帆が浮かんでいた。

ジュメイラ・ブルジュ・アル・アラブ。「アラブの塔」の名を持つそのホテルは、単なる宿泊施設という枠を超え、この国のプライドそのものとしてそこに鎮座している。遠くから眺めると、海風を受けて今にも大海原へ漕ぎ出しそうな軽やかさを纏っているが、いざその袂へと足を踏み入れると、空気の密度が変わるのを感じた。

ホテルのエントランスに辿り着くまでには、セキュリティゲートを通り、長い橋を渡らなければならない。それは日常を脱ぎ捨て、非日常へと潜り込むための儀式のような時間だ。扉が開かれたとき、そこには私の知る「豪華」という言葉を塗り替えるほどの、圧倒的な黄金の世界が広がっていた。

色彩の宇宙、光の円舞曲

まず、その高さに息を呑んだ。見上げるほどに高いアトリウムは、幾何学的な色彩が幾重にも重なり、天に向かって吸い込まれるような錯覚を覚える。赤、青、そして惜しげもなく配された金箔の輝き。それらは互いを打ち消し合うことなく、一つの調和を保っている。

この日の目的であるアフタヌーンティーを楽しむために、私はエレベーターで上層階へと向かった。会場となるバンケットルームに一歩足を踏み入れると、そこは光の円舞曲の真っ只中。天井から降り注ぐシャンデリアの光が反射し、空間全体を柔らかな黄金色で満たしている。

円形のテーブルには、白いドレスを纏ったような椅子が並び、集まった人々がこれから始まる甘い時間を待ちわびていた。これほどまでに絢爛豪華な場所でありながら、不思議と騒々しさはない。細部にまで行き届いた「美」の純度が、訪れる人々の背筋を自然と伸ばし、優雅な所作へと導いているからだろうか。

磁器の上に咲く小さな芸術

運ばれてきたティーセットを見つめているうちに、私はある種の感動を覚えていた。ホテルのシンボルマークが金色で刻まれた白磁の器。それは指先で触れるのを躊躇わせるほどに、清らかな佇まいを見せていた。

そこに並べられたスイーツやセイボリーもまた、単なる食べ物ではなく、精巧な宝石のよう。ラズベリーがちょこんとのった鮮やかなピスタチオのタルト。幾層にも重なり光沢を放つチョコレートのオペラ。一つ一つが、パティシエによって命を吹き込まれた小さな芸術品だ。

スタッフの所作にも一切の無駄がない。トングで静かにサンドイッチを取り分け、紅茶を注ぐ。その指先には、このホテルが開業当時から守り続けてきた最高峰のホスピタリティが宿っている。

焼きたてのスコーンを一口。小麦の香ばしさとクロテッドクリームの濃厚なコクが口の中でほどけ、温かい紅茶がそれを優しく包み込む。その瞬間、旅の疲れも、外の喧騒も、すべてが遠い出来事のように感じられた。

豪華であることにある種の抵抗を感じる人もいるかもしれない。私自身、普段は豪華や綺羅びやかなものに惹かれることも憧れることも殆どなく、シンプルであればあるほど心が満たされるのではないか、と考えているくらいだ。正直に言ってしまえば、この場所も訪れてみるまでそこまで関心を持てなかった。高価でなくても、好きな人と食べる近所で買ったケーキの方が美味しいのでは? とさえ思っていた。しかし、ここで得られる幸福感の本質は、シャンデリアの眩さでも、ましてや「映え」などという言葉でもなかった。こうした丁寧な手仕事に触れたとき、静かに、けれど確実に心が満たされていく。その手触りこそが、この場所で味わえる幸福感の本質なのだと気付かされる。

蜃気楼のなかで「世界一」を考える

アラビア湾の深い青と、室内の黄金色。その鮮やかなコントラストに、私はここが砂漠の上に築かれた蜃気楼のような場所であることを思い出した。

ドバイは、あらゆる「世界一」を渇望する街だ。隣のアブダビが圧倒的な石油資源量を誇るのに対し、ドバイの経済における石油への依存度は、今やわずか数パーセントに過ぎない。石油という確実な富に頼れない彼らが選んだ生存戦略が、「世界一」という称号をドバイに集めることだった。「最高の場所を作れば、自ずと人は集まる」― その思惑通り、ドバイは今や世界有数の観光地であり、国際経済のハブとして不動の地位を確立している。この賢い戦略とそれを現実のものとする実行力に、ただただ感服するばかりだ。

かつて砂地だったこの場所に、これほどの情熱を注ぎ込み、夢を形に変えてきた人々がいる。天井のレリーフひとつ、壁の装飾ひとつをとっても、そこには「最高でありたい」という執念に近い願いが込められているように思えた。それは一見、過剰なまでの誇示に見えるかもしれない。しかし、その根底にあるのは、何もない砂漠に「完璧な世界」を作ろうとする、祈りにも似た切実さ。豪華さの正体とは、単に高価な素材を使うことではない。その空間に関わるすべての人々が、一分の妥協もなく理想を追い求めた結果、そこに立ち上がる気配のことなのではないだろうか。
ティーカップの中で揺れる琥珀色の紅茶を見つめながら、私はドバイの旅で触れた人々の誇りを想った。無限の可能性への渇望。未来を創り出そうとする熱い思い。その両方が、この一杯の紅茶と一皿のスイーツの中に凝縮されている。

黄金の余韻を連れて

最後のひと口を終え、席を立つ。会場を後にし、背後でゆっくりと扉が閉まる音を聞いたとき、魔法が解けるような寂しさが一瞬だけ胸をかすめた。

ブルジュ・アル・アラブで過ごす時間は、一見すればSNSの画面越しに「映え」として消費されるだけの観光体験に思えるかもしれない。しかし、実際にこの場所の空気を吸い、誰かの手仕事が宿った一皿を味わった後に残ったのは、決してそうした薄っぺらな高揚感ではなかった。

どれほど時代が移ろい、テクノロジーが景色を塗り替えても、人間が「最高のものを作ろう」と願い、注いできた熱量そのものは消えない。金箔の一枚、ティーカップの曲線、スタッフが紅茶を注ぐその指先の静けさ。それらは単なる見栄えのための装飾ではないように感じられた。

外に出ると、ドバイの夕暮れが始まろうとしていた。空はピンク色とオレンジ色が溶け合い、海を優しく染めている。砂漠の海に浮かぶ白い帆は、今も私の心のどこかで、静かに追い風を受け続けている。


◇ ジュメイラ・ブルジュ・アル・アラブ|Jumeirah Burj Al Arab
住所:Jumeirah Burj Al Arab, Jumeirah Street, PO Box 74147, Dubai, UAE
Google Map
公式HP


世界唯一の「7つ星」とも称される空間で、夢のひとときを過ごすためのガイド。

【アフタヌーンティー / ハイティーの予約と詳細】

・完全予約制
宿泊者以外が館内に入るには事前予約が必須。オンラインで早めに予約をするのがおすすめです。例えば、ホテルツアーガイド付きプランや、アトリウム会場を指定したプラン など様々用意されています。

・会場
アフタヌーンティーやハイティーは、季節やプランによってバンケットルームや、最上階のスカイビュー・バー、ロビーラウンジなどで提供されます。

・ドレスコード
「スマートエレガント」が基本。男性は襟付きのシャツにスラックス、革靴。女性はワンピースやエレガントな装いが良いでしょう。以前訪れたときは、お着物をお召しの方もいらっしゃいました。この特別な空間に身を置くこと、それ自体をぜひ装いから楽しでみてくださいね。

【訪れる際のポイント】

・到着時間
テーブルのみ予約の場合は、予約時間より余裕をもって到着し、ホテルの象徴である巨大なアトリウムや、内装の綺羅びやかな装飾など、ゆっくり鑑賞する時間を設けるのがおすすめです。ホテルのツアー付きプランや送迎付きプランも用意されているので、予約内容に合わせてスケジュールしましょう。

・写真撮影
基本的に撮影は自由ですが、他のゲストのプライバシーや全体の雰囲気を壊さないよう配慮するのがマナー。

・アクセス
ジュメイラ・ビーチエリアに位置しており、タクシーでのアクセスが最もスムーズ。ゲートでの予約確認があるため、予約確認書をすぐに出せるようにしておくと安心です。



(この文章を執筆したとき、そこには眩しいほどの平穏がありました。建物に刻まれた傷が癒えるように、この地で暮らす人々、この地を愛する人々に、一日も早く穏やかな日常が訪れることを願っています)




写真=中村風詩人
写真・文=帆志麻彩


▼著者の執筆記事一覧
https://atsea.day/blogs/profile/maaya-hoshi