アドリア海の真珠、ドブロブニク旧市街を臨む道|クロアチア・スルジ山

旅をしていると、予期せぬ「通行止め」に遭遇することがある。楽しみにしていたレストランが臨時休業だったり、目当ての美術館が修繕中だったり、あるいは移動手段が突然途絶えたり。そんな事態に直面すると、「ついてない」と思ってしまうこともあるかもしれない。けれど、クロアチア・ドブロブニクでの体験は、私に新しい視点を授けてくれた。それは、幸運というものはしばしば不運の仮面を被ってやってくるということ。そして、目的地に辿り着くこと以上に、そこに至るプロセスにこそ、旅の面白さが隠されているということだ。クロアチア南部、世界遺産の街ドブロブニク。旧市街を囲む堅牢な城壁の背後には、標高412mのスルジ山が聳え立っている。山頂から見下ろすオレンジ色の瓦屋根と、どこまでも深い紺碧のアドリア海。そのコントラストをこの目で見届けるため、私は同行していた先輩と共に麓のロープウェイ乗り場へと向かった。しかし、乗り場に着いた私たちを待っていたのは、ロープウェイが修理中で動かないという情報だった。

山頂までは、本来ならわずか数分の空中散歩で辿り着けるはずだった。周りの観光客が肩をすくめて街へ引き返していくなか、今回の同行者である旅の大先輩が、軽やかにこう提案してくれた。

「登山道があるから歩いて登ろう!」

正直に言えば、私はそのときまで登山道があることすら知らなかった。山頂へは文明の利器を使って運んでもらうものだとばかり思い込んでいたのだ。そして、そのときの私はまだ、これが人生でも指折りの贅沢な時間になるとは知る由もなかった。

ジグザグに続く登山道は白い石がゴロゴロと転がっていて、一歩踏み出すごとに小さな音を立てる。呼吸を整え、急ぐことなく、ゆるやかな坂道をゆっくりと登り始めた。歩き始めて20分ほど経った頃だろうか。私は思わず息を呑んだ。木々の隙間からドブロブニクの旧市街が顔を出していたのだ。それはまだ街全体を俯瞰するような高さではない。けれど、額縁に収まった一枚の絵画のように、青い海に浮かぶオレンジ色の集落が、そこだけ鮮やかに浮き上がって見えた。

あまりの美しさに私は夢中でカメラを構えた。歩みを進めるたび、海の青さが深みを増し、水平線が遠ざかっていく。秒単位で視界が広がり、太陽の光を浴びてキラキラと輝く波紋が繊細な煌めきへと変わっていく。私は最初から最後まで、一度たりともカメラをリュックにしまうことはなかった。実際に目の前に広がっている風景はもちろんのこと、ファインダー越しに覗く世界もまた、私を強く惹きつけて離さなかったからだ。

ロープウェイで数分という時間は効率的ではある。けれど、効率はしばしば旅から予期せぬ出会いを奪い去る。ロープウェイに乗っていたら、この「少しずつ景色が育っていく過程」を味わうことはできなかっただろう。景色とは、ただ目的地で「見る」ものではなく、全身で「浴びる」ものなのだと、先を歩く先輩の背中が教えてくれていた。高度を上げると、道はさらに自然のままの姿を見せ始める。文明の音が遠ざかり、代わりに自分の鼓動と砂利を踏む音、そして時折吹き抜ける風の音だけが聞こえてくる。ふと視線を感じて顔を上げると、小さなロバが佇んでいた。草をはみながら、つぶらな瞳で時折こちらを見つめている。私は「こんにちは、お邪魔してます」と心の中で挨拶をして、その横を通り過ぎた。ロバは静かに耳を動かし、私たちの歩みを肯定してくれているように見えた。足元に目を向ければ、岩の割れ目から可愛らしい花がいくつも顔を出していた。誇らしげに咲くその姿は、風景にやわらかな色彩を添えてくれる。私は何度も立ち止まり、膝をついてシャッターを切った。
一時間半ほどかけて辿り着いた山頂。そこには、どんなに言葉を尽くしても表現しきれないほどのパノラマが広がっていた。眼下に広がる旧市街は、まるで精巧に作られたミニチュアの街のように小さく、完璧な調和を保ちながら誇り高くアドリア海に突き出している。海の上では白いボートがゆっくりと航跡を描く。その光景は、日常の喧騒をすべて忘れさせてくれる解放感に満ちていた。

結局、この日ロープウェイが再び動き出すことはなかった。山頂に辿り着いたのは、自らの足で登りきったわずかな旅人と、車でやってきた人たちだけだった。

先輩の素敵な提案によって、遠回りをし、汗をかき、立ち止まったすべてのプロセスが、この山頂の景色を唯一無二のものに変えてくれた。

あのときロープウェイが故障していなかったら。そして先輩が「歩こう」と言ってくれなかったら。私は間違いなくチケットを買い、涼しい顔をして数分でここへ来ただろう。そして「綺麗だったね」と満足気に下山し、数時間後にはその細部を忘れ始めていたかもしれない。

けれど、石を踏みしめ、風に吹かれ、ロバと出会い、小さな花を愛でながら一歩ずつこの高さを手に入れた私の目には、この景色が何層もの記憶を纏って映っていた。もしいつの日か、再びこの街を訪れることがあっても。そしてそのとき、ロープウェイが動いていたとしても。私はきっと迷わず登山道の入口へと向かうだろう。なぜなら、目的地に辿り着くことだけが旅ではなく、目的地までをどう過ごすか、それがひとつの旅の贅沢であると知ってしまったから。

眼下に広がる海を深く見つめ、私たちは下山の一歩を踏み出した。その足取りは、登り始めた時よりもずっと軽やかだった。

◇ クロアチア・ドブロブニクを一望できるスルジ山
住所:Jadranska cesta, 20000, Dubrovnik, Croatia
Google Map

【アクセス方法】
・徒歩
今回ご紹介した登山道。旧市街の北側、大通り(Jadranska cesta)を渡ったところにある Mount Srd Hike trail の入り口から登ります。上記住所が登山道の入口。
・ロープウェイ
旧市街のすぐ北側にある乗り場から山頂まで約4分。
・タクシー
Uber等のタクシーを利用して山頂まで行くことも可能です。

【徒歩で登る場合】
・所要時間
片道約1時間〜1時間半程度。
・服装
砂利道で滑りやすいところが多いため、スニーカーやトレッキングシューズで安全に。
・持ちもの
山頂にレストランはありますが、道中に売店や自販機は見かけなかったので、飲みものを持参してください。


 

写真・文=帆志麻彩