他者への寛容さに出会う、オマーンの旅|スルタン・カブース・グランド・モスク

アラビアの強い日差しが白亜の外壁に跳ね返り、眩しさに思わず目を細める。比較的治安が良く、穏やかな国民性から「中東の優等生」と称されるオマーン。その首都であるマスカットの中心に、天に向かって5本のミナレットを伸ばす、スルタン・カブース・グランド・モスクがある。私が訪れた5月は、これからやってくる本格的な暑さの気配と、どこか乾いたハーブのような匂いが混ざり合っていた。

海外を旅していると、自分という存在が随分と遠くへ来てしまったような、あるいは逆に、本来の自分の感性に近付いていくような不思議な心地になるけれど、この日もそうだった。

スルタン・カブース・グランド・モスクは、異教徒である私たち観光客にも朝の限られた時間だけ門を開いてくれる、この国で最も大きなモスクだ。見学にあたっての決まりごとはそれなりに厳しい。女性は手首から足首まで肌を隠し、髪も布で覆わなければならない。持参した大きめのスカーフを頭からすっぽりかぶり、首元できゅっと結んでみる。長袖長ズボンにスカーフ。なんだかぎこちない姿だ。現地の人たちが身に纏う黒いアバヤの優雅さには遠く及ばない。それでもこうして、郷に入っては郷に従う感じは悪くない。むしろ、それこそが旅の楽しみ方のひとつでもある。

門をくぐり敷地内に入ると、見渡す限りの大理石と青空が気持ちよく広がっていた。この壮麗なモスクは、2020年に亡くなった故カブース前国王が、半世紀近くに及ぶ在位の中で国民へ贈った祈りの場だ。1995年の着工から6年もの歳月を費やし、インドから運ばれた30万トンもの砂岩をはじめとする世界中の素材と、熟練の職人たちの手によって組み上げられ、2001年に完成したという。

重厚な木の扉の前で靴を脱ぎ、メインの礼拝堂へ足を踏み入れると、思わず「まあ……!」と声が出た。視界を埋め尽くすのは、世界最大級のペルシャ絨毯。かつては世界一の大きさを誇ったこの絨毯は(現在はアブダビのシェイク・ザイード・グランド・モスクに次ぐ世界第2位)、イランの女性職人600人が4年の歳月を費やし手作業で織り上げたものを、この床の上で一枚へと繋ぎ合わせたそうだ。結び目の数は17億個、重さは約21トン。気の遠くなるような数字である。その上に足を乗せたときの感覚を、どう表現すればいいだろう。長い時間をかけて丁寧に編み込まれた背景を知ったあとだからか、足裏に不思議な柔らかさを感じる。天然染料で描かれた古典的な幾何学模様は、まるで万華鏡のように美しかった。

驚くのは絨毯だけではない。視線を上げると、高さ50メートルのドーム中央から吊り下げられた大きなシャンデリアが目を引いた。ドイツの老舗メーカーによって作られたこのシャンデリアは、高さ14メートル、重さ8.5トン。その装飾には60万個ものスワロフスキー・クリスタルと、24金のメッキが贅沢に施されている。これまた現実味のない数字だ。

これほどの華やかさを持ちながら、空間全体としては決して派手すぎるわけではなく、むしろその輝きは祈りの場にふさわしい神聖さを感じる。聞けばイスラムの建築において、光は神そのものを象徴するものだという。目に見えるきらめきを精緻に巡らせることで、目に見えない大いなる存在の気配を体感させる。計算し尽くされた光が、この静かな空間を支配しているのだ。

イスラム教徒以外の訪問者にこれほど広く門を開いているモスクは、中東においても決して多くはない。オマーンでは、イスラム教の中でもイバード派という、他者との調和や寛容さを重んじる独自の宗派が主流であるが、他宗教や他文化を拒まないその姿勢が、モスクのオープンな運営方針にも色濃く反映されていると言える。自らの信仰と文化を、旅人という名の客人に誇りを持って共有しようとしてくれているのだろう。

長い年月と情熱を注ぎ込み、祈りのための空間を創り上げた。その事実は、特定の信仰を持たない私のような人間に、目に見えないものを信じることの豊かさを教えてくれているようだった。信じるものや価値観は違えど、人間が一つの美や他者への寛容さに純粋に情熱を傾ける姿には、国境を越えて心を揺さぶる力がある。

旅の本質的な豊かさとは、自分とは異なる価値観をただ「違うもの」として眺めることではなく、その違いの奥にある、人間としての深い情熱や優しさに触れ、自らの思考を新しく塗り替えていくことなのかもしれない。そんなことを思った旅だった。


◇ スルタン・カブース・グランド・モスク|Sultan Qaboos Grand Mosque
住所:Sultan Qaboos St, Muscat, Oman
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公式HP

【アクセス】
マスカット、バウシャル地区(Bawshar)。マスカット国際空港から車で約15分。オマーンには鉄道がないため、タクシー(配車アプリ Otaxi が便利)またはレンタカーでのアクセスが一般的。

【見学時間・入場料】
8:00 〜 11:00(非ムスリムの見学が可能な時間)
※ 開門直後の8時台に訪れるとまだ観光客が少なく、朝の柔らかな光に包まれたモスクの美しさを独占できます。
休館日:金曜日(イスラム教の集団礼拝日のため、観光客は入場不可)
入場料:無料

【大切なマナーと服装について】
モスクは神聖な祈りの場であり、厳格な服装規定があります。規定に沿わない場合は入場を断られることもあるため注意が必要。
※ もし服装規定に引っかかってしまっても、モスクの敷地内(入口近くのショップなど)で女性用のアバヤをレンタル、または購入することができます。

・女性
髪を完全に覆うスカーフ(ショール)が必須。手首から足首まで隠れる服装。肌の露出や、ボディラインがはっきり出るような服、透ける素材は厳禁。
・男性
長ズボンがマスト(短パンやタンクトップは不可)。上着は肩が隠れるものであれば半袖(Tシャツ等)でも可。

〈その他〉
・礼拝堂に入る際は靴を脱ぎますが、靴箱に置くか、そのまま手で持って入る形になります。気になる方は、靴を入れるためのビニール袋を持参すると便利です。
・礼拝中の信者の前を横切ったり、許可なく写真を撮ったりすることは避けましょう。 
・屋外は白い大理石に太陽光が強く反射するため、とても眩しいです。目を保護するためにも、サングラスを持参するのがおすすめです。


写真・文=帆志麻彩