ヴァチカンの至宝「システィーナ礼拝堂」の天井画から見る、アーティスト・ミケランジェロの生き方
"世界で最も小さな国" として多くの人に知られるヴァチカン市国。このとても小さな国には、まるで美術の宝箱のように一級の芸術品が詰まっています。
今回ご紹介するのは、その宝箱のなかで "最も素晴らしい" と評される『システィーナ礼拝堂』。礼拝堂の内部は一流の芸術家たちの手で隙間なく装飾が施されていますが、なかでもミケランジェロが描いた天井画はヴァチカンの至宝と言えるでしょう。
以前、実際にこのシスティーナ礼拝堂を訪れたことがありますが、撮影は禁止されていました。そのためここでは、ミケランジェロの作品を陶板で再現している大塚国際美術館の写真でご紹介していきます。システィーナ礼拝堂の天井画と正面壁画のみが再現されたシスティーナ・ホール / 大塚国際美術館(徳島県)
礼拝堂に入るとまず目を奪われるのが、遥か頭上21mにある天井画 "天地創造" です 。
「神は決して見えないはずですが、ここに立つとまるで身近に見えるようです」
ミケランジェロに天井画を依頼したローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、完成した画を仰ぎ見てこう話したといいます。今の時代に生きる私が見てもそれはとても人間業と思えないのですから、500年ほど前に生きる人々はさぞ驚いたことでしょう。
そんな神業とも言える偉業を成し遂げたミケランジェロは、一体どのようにしてこの天井画を完成させたのでしょうか。
横13m、縦40m の巨大な天井に描かれたのは、アダムとイヴやノアの物語など、神、精霊、そして人間、およそ300名の登場人物で織りなされる聖書の物語。ミケランジェロはこの壮大な物語を4年半という歳月をかけて描きあげました。
しかし、最初に天井画の話が舞い込んできたとき、ミケランジェロはその依頼を必死で断ろうとしたそうです。それもそのはず、彫刻家として天才と評されてきた彼は、それまでほとんど絵を描いたことがなかったのですから。そうは言っても、ヴァチカンの頂点に立つ教皇直々の頼みとあれば断りきれません。こうしてミケランジェロは、その後4年半もの長い時間、礼拝堂の天井画に向き合い続けることになります。高さ21m。それは、7階建てのビルに相当します。それほど高い場所に足場を設けて作業をするなんて、それだけで凄まじく大変であることは容易に想像できますが、問題は高さより姿勢だったそうです。
一日中上を向いての重労働。同じ場所に足場を組み、天井画の修復を行った美術館の修復師はこう語っています。
「作業ができるのは毎朝9時〜13時までの4時間だけ。それ以上はとても無理でした。それでも私は膝を痛めてしまい、5週間入院しました。とにかく、立ったまま、しかもずっと上を向いて作業するというのは想像を絶する辛さなのです。ミケランジェロは相当頑強な肉体を持っていたのでしょうね。何しろ何年もあの姿勢でいたのですから」― テレビ東京「美の巨人たち」より
天井画はフレスコ画という手法を用いて描かれていますが、これこそがミケランジェロが途中で手を止めることのできない理由でした。フレスコ画とは、壁に塗った漆喰に直接描く手法で、色を定着させるためにはその漆喰が乾く前に描き切らなければなりません。無理な姿勢で体に鞭を打ちながらでも一気に描く必要があったのです。
一番好きな彫刻を作る時間もなく、画家でもないのに毎日辛い姿勢で絵を描かなければならない。来る日も来る日も外の光がささない礼拝堂で、修行僧のように。たった一人、芸術と、そして神と立ち向かい続けました。
実は、当時教皇は十二使徒(イエス・キリストが選んだ12人の弟子)を描くよう伝えていました。しかし、ミケランジェロはそこに "天地創造" を描きます。それは、彼が決して商売人ではなく、どこまでもアーティストであった何よりの証拠でしょう。
ミケランジェロは、いつでも完璧を求める天才でした。自らの作品に少しの妥協も許しません。「真のアーティストは作品に対して自分の主張を決して曲げない」、そうした彼の生き方、アーティストとしての姿勢を作品を通して感じることができます。最終的には教皇もその頑固さに屈し、天地創造を描くことを許したそうです。
そして1512年の秋、天井画完成。
彫刻家として天才と評されたミケランジェロが、本格的に描いた最初の絵。それは苦難の連続でしたが、結果的にますますその名を高めることになりました。
ミケランジェロはのちに、祭壇画 "最後の審判" も描くことになる。 / 大塚国際美術館(徳島県)
ミケランジェロの作品の魅力は「人間」にあると言われていますが、高さのある天井画でも、登場人物はそれぞれ個性的に、そしてはっきりと描かれているのがよくわかります。
荘厳な聖書の世界をダイナミックに描いている天井画。じっくりと時間をかけて鑑賞したいところですが、実際の礼拝堂は観光客も多く人で溢れていて、その場で長い時間を過ごすことは難しいと感じました。
それでもやはり一度は本物を観てその迫力と美しさを感じていただきたいのですが、今回写真でご紹介した徳島県にある 大塚国際美術館のシスティーナ・ホール も、ぜひ一度は訪れてほしい場所のひとつです。本物の礼拝堂とは違い人で溢れることもなく、ベンチもたくさん設けられているので、聖書の物語を心ゆくまで観ることできます(もちろん撮影も)。
私は、大塚国際美術館を訪れるまで陶板名画についての知識がありませんでしたが、「もうひとつのシスティーナ礼拝堂」として十二分に楽しむことができる貴重な場所だと感じました。ベンチに腰を据え、ミケランジェロのアーティストとしての生き様や当時の歴史的背景に思いを巡らせながら鑑賞すると、また違った楽しみ方ができるかもしれません。
文=帆志麻彩
◇ バチカン美術館内|システィーナ礼拝堂(Cappella Sistina)
住所:Viale Vaticano snc, 00165 Roma
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時間:8時〜19時 ※最終入館は17時まで
休館日:日曜日
https://www.museivaticani.va/content/museivaticani/en.html
◇ 大塚国際美術館
住所:徳島県鳴門市鳴門町土佐泊浦福池65-1
TEL:0886873737
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時間:9時半〜17時 ※入館券の販売は16時まで
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
https://o-museum.or.jp/
▼参考
「陶板名画とは」- 大塚国際美術館
「陶板名画ができるまで」- 大塚オーミ陶業株式会社