『マルク・シャガール 版にしるした光の詩』展 / 世田谷美術館
初めてシャガールの作品を鑑賞したのは、船旅の途中で南仏のニースに寄港したときのことだった。多くの芸術家たちゆかりの地となっているニースには "マルク・シャガール国立美術館" があり、仕事でそこを訪れる好機に恵まれたのだ。
設計段階からシャガール本人も参画していたというこの美術館は、絵画をはじめ、デッサンやリトグラフ、ステンドグラスなど450点もの作品が展示されており、「色彩の魔術師」と呼ばれた彼の大作を間近で観ることができる。
そのひとつひとつに惹き込まれてしまう魅力があるのはもちろんのこと、中でも特に心惹かれたのは美術館奥の音楽堂に飾られているステンドグラスだった。3枚の大きなステンドグラスからなるその作品は、天地創造の七日間が描かれ「人類の創造」というタイトルが付けられていた。
音楽堂に足を踏み入れた瞬間、私は彼が生み出した世界に吸い込まれるように、その場に立ち尽くしてしまった。暖かみのある青いステンドグラスから降り注ぐ幻想的な光は、それまで航海してきた海の色にもどこか重なるものを感じた。
まるで、色が音を奏でているようだった。
その日から、「マルク・シャガール」という画家は私の中で特別な存在になった。そんな彼の展示が世田谷美術館で開催されると知り、心地よい風の吹く日に足を運んでみることにした。
「マルク・シャガール 版にしるした光の詩」展
Poetic Light in the Prints
マルク・シャガール(Marc Chagall, 1887-1985)は、「色彩の魔術師」「愛の画家」と呼ばれる20世紀を代表する画家だ。
1887年ヴィテブスクのユダヤ教徒の家に生まれ、サンクトペテルブルクで美術教育を受けた。その後、1911年にパリへと向かい、当時隆盛していた「キュビスム」を取り入れながら、幻想的で色彩豊かな世界観を構築していく。
また、シャガールは「 *エコール・ド・パリ」 École de Paris (パリ派)を代表する画家のひとりでもある。戦禍や革命に翻弄されながら、パリ、ベルリン、ニューヨークヘと活動の地を移すことになるが、そうした境遇も彼の作品に陰影を与え、より奥深いものにしている。
* エコール・ド・パリ:1920年代半ばからパリで制作活動をしていた外国人画家たちの総称として用いられるようになった言葉。
絵画のかたわら版画制作にも精力的に取り組み、約2,000点もの作品を手がけるなど、版画の分野でも大きな足跡を残しているシャガール。「版にしるした光の詩」と題された本展は、彼の版画集から選ばれた作品約140点を通して、技法ごとの表現の違いや物語、モチーフ、制作の背景などが丁寧に紹介されている。
〈展示構成〉
1950-60年代に刊行された、技法もさまざまな6冊の版画集をタイトルごとに分けた構成。『ダフニスとクロエ』や『サーカス』などシャガール版画を代表する名作はもちろん、『馬の日記』や『悪童たち』などの知られざる逸品も鑑賞することができる。
1.『ラ・フォンテーヌ寓話集』1952年刊 エッチング / 全100点中32点
2.『馬の日記』1952年刊行 エッチング、リトグラフ / 18点全点
3.『悪童たち』1958年刊行 エッチング、アクアティント / 10点全点
4.『ダフニストクロエ』1961年刊 リトグラフ / 42点全点
5.『サーカス』1967年刊 リトグラフ / 全38点中23点
6.『ポエム』1968年刊行 木版 / 全24点中15点
「色彩の魔術師」の名の通り、その作風は色彩豊かで幻想的なものが多い。目指した色が出ないときは版画集の出版をとりやめたこともあるほど、色彩表現に並々ならぬこだわりを持っていたと言われている。今回のコレクションは作品の保管状態も良く、その響き合う色の繊細なニュアンスを存分に堪能することができた。
鑑賞しながら驚いたのは『ラ・フォンテーヌ寓話集』の章だ。そこに飾られていたのは、人間と動物が織りなす寓話の世界を陰影の強いモノクロームで表現したエッチングの数々。それらの作品は私が思い描くシャガールの印象をがらりと変えるものだった。
他にも木版画らしい素朴な味わいの『ポエム』など、様々な版画技法を探究していたシャガールの多様な表現、技法ごとに全く違った作品の表情を存分に楽しめる内容になっている。
会場は撮影不可だったため、本展の図録から一部を紹介。
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美術館をあとにし、砧公園を歩く。
ふとシャガールと親交のあったピカソの言葉が頭に浮かぶ。
マティス亡きあと、シャガールのみが色が何であるかを理解している最後の絵描きだった。シャガールにあった光の感覚はルノワール以来誰も持っていなかった。
ピカソにそう言わしめたシャガールの色彩表現、そのこだわりは、版画作品の中にも、そして何層にも折り重なるモノクロームの中にも感じることができた。白と黒の濃淡の奥にある、光の詩のような彼の優しい眼差しを。
シャガールの生み出す色の世界に、またしても魅了されてしまった。
1984年7月7日、97歳の誕生日にニースにある国立シャガール美術館を訪れたシャガールの写真
文=帆志麻彩
『マルク・シャガール 版にしるした光の詩』開催概要
会期:2023年7月1日(土)〜8月27日(日)
時間:10時〜18時 ※最終入館時間 17時半
休館日:月曜
住所:東京都世田谷区砧公園1-2
TEL:03-3415-6011
https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
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[無料送迎バス]
東急田園都市線用賀駅と美術館を結ぶバスが運行している。
美術館行バス「美術館」下車 徒歩3分(1時間1〜2本)
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