『芸術家たちの南仏』展 / DIC川村記念美術館
多くの巨匠に愛された地、南仏
地中海や山々に囲まれた豊かな自然、温暖な気候、そして降り注がれるまばゆい光。"南仏" と聞くとこうした印象を抱く人が多いだろう。
「この光を毎朝拝むことができるのだと気付いたとき、私は自分の幸せが信じられなかった」。晩年をニースで過ごしたアンリ・マティスはこんな言葉を残したそうだ。
南仏の光に魅了されたのはマティスだけではない。ピカソ、シャガール、セザンヌやゴッホなど、数多くの芸術家たちがその光に誘われるように、制作の場として南仏という地を選んでいる。
"芸術が展開した場としての南仏" 、そこに注目した企画展『芸術家たちの南仏』を千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館で観ることができた。
「芸術家たちの南仏」展
Rendez-vous dans le Midi
19世紀半ばから20世紀にかけて、南仏には多くの文化的な活動が集まっていた。芸術家たちがパリから南仏を目指すようになったのは、ニースに鉄道が開通した19世紀末以降のこと。都会から多くの人々が押し寄せ、南仏はパリのブルジョワの憧れの的となった。そして多くの芸術家たちもまた、創作意欲を掻き立てられるその美しさに魅了されていくこととなる。
彼らの創作意欲やアイディアはどのように交わり、互いに向上し合うことができたのだろうか。本展は、南仏で広がりをみせた交流や、表現あるいは技法について、約30作家の作品と関連資料およそ150点を通して紹介している。
〈展示構成〉
1.パリから1,000km、南仏への列車旅に思いを馳せるプロローグ
フランスでは19世紀に鉄道網が発達し、ヨーロッパ北部の人々が避寒のため地中海沿岸地域へ旅行するようになった。会場入り口では、初期映画の生みの親であるリュミエール兄弟が南仏で撮影した『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895年)を上映している。これは、公開当時人々を驚かせたと言われる作品だ。また、第一室に展示されるキスリングの《風景、パリ―ニース間の汽車》(1926年)には豪華列車「ブルー・トレイン(トラン・ブル)」が描かれている。映像作品と油彩作品の列車に誘われ、南仏への旅が始まる。
キスリング《風景、パリーニース間の汽車》1926年 油彩、カンヴァス 80.7×100.2 cm ポーラ美術館アンリ・マティス《待つ》1921–22年 油彩、カンヴァス 61×50 cm 愛知県美術館
2.南仏に行かざるを得なかった芸術家たち
第二次世界大戦中の南仏には、「敵性外国人」として収容されたドイツ人の芸術家たちや、フランスのドイツ降伏を受けて他国への亡命をめざし、ビザ発給を待っていたシュルレアリストたちが、否応なく集うことになった。本展では、そうした状況で生まれた作品を展示することで、南仏としばしば結びつけられる温かなイメージとは異なる面も紹介している。
ソニア・ドローネー《色彩のリズム》1953年 油彩、カンヴァス 100×220 cm ふくやま美術館 DR
3.南仏で育まれたモダン・アートの多様性を俯瞰できる、国内初の展覧会
20世紀フランスにおいて、南仏は制作の場、芸術家間の交流の場、あるいはその地域の職人と芸術家との協働の場として重要性を高めてゆく。そこで生まれた作品は写実的な風景画にとどまらず、セザンヌに影響を受けた若い芸術家たちが展開したフォーヴィスムやキュビスムなど実験的な油彩画をはじめ、版画、彫刻、陶芸、映画、そして切り紙やタピスリーと多岐にわたる。また、晩年南仏を拠点とした芸術家たちは礼拝堂装飾や壁画など集大成ともいえるモニュメンタルな仕事も手がけた。
ポール・セザンヌ《マルセイユ湾、レスタック近郊のサンタンリ村を望む》1877–79年 油彩、カンヴァス 64.5×80.2 cm 吉野石膏コレクション(山形美術館に寄託)
アンリ・マティス《ミモザ》1949年 切り紙絵(コラージュ)151.3×93 cm 池田20世紀美術館
パリからニースへ向かう汽車がプロヴァンスの渓谷を走る。その風景を鮮やかに描いたキスリングの作品を導入に置くことで、鑑賞者自身も当時の南仏へと誘われていく。まさに旅の始まりを予感させる構成だ。現代はどこへ行くにも当たり前のように何かしらの手段が用意されているが、当時の人々にとってのそれはどれだけ心踊る瞬間であっただろう。
一方で、南仏は戦時下に敵性外国人として収容された者や、港を目指し他国へ亡命した者たちが作品を生み出した場でもあったことが丁寧に紹介されていた。ウクライナ地域出身(当時はロシア帝国領)の女性画家、ソニア・ドローネの作品もそのひとつだ。南仏の穏やかなイメージからは想像し難い "影" の部分にもスポットが当てられている今回の内容は、私たち鑑賞者により多面的で深い視点を与えてくれる。
そうしたあらゆる角度から点と点を結んでいく構成の素晴らしさは然ることながら、作品を鑑賞していて驚いたのは、その殆どが日本国内の所蔵品であること、更にはその所蔵先が全国各地に点在していることだ。先に上げたソニア・ドローネもそうだが、本展のリーフレットに採用されているマティスの《ミモザ》にしても、 南仏に関するこれほどまでの作品群が国内(そして全国)に所蔵されていることを、今回の展示を通して知ることになった方も多いのではないだろうか(かくいう私もその一人)。
季節の花々で満ちる庭園を歩きながら
川村記念美術館を訪れたくなる理由のひとつに、隣接する庭園と散策路がある。展示を鑑賞した後は、思考を整理しながらのんびりと園内を歩く。この時間が至福なのだ。
暖かな陽射しに誘われて訪れることになったこの日は、桜をはじめとした春の花々で満ち満ちていた。展示の余韻と、4年前に訪れたニースの風景を重ね合わせながら、小一時間程歩いただろうか。今すぐに南仏を訪れたい気持ちもあるが、今年は国内の地方美術館巡りをするのも良いかもしれない。そんなことを考えたりもした。
ここ川村記念美術館へも、季節を変えてまた足を運びたいと思う。
写真=中村風詩人
文=帆志麻彩
『芸術家たちの南仏』開催概要
会期:2023年3月11日(土)〜6月18日(日)
時間:9時半〜17時 ※最終入館時間 16時半
休館日:月曜
https://kawamura-museum.dic.co.jp/art/exhibition-past/2023/nanfutsu/
住所:千葉県佐倉市坂戸631
TEL:050-5541-8600
https://kawamura-museum.dic.co.jp/
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[無料送迎バス]
JR佐倉駅、京成佐倉駅とDIC川村記念美術館を結ぶ送迎バスが運行している。乗車料金は無料。
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