「洋上の旅」という選択 〜 旅の序章

思えば、"船に乗って旅をする" という選択肢を持ち合わせていなかった頃、旅の中で「港街」を感じたことがどれくらいあっただろう。普段気にすることはないが、船だからこそ感じられる "旅の風情" というものがある。波を乗り越えて進む客船、それは待ち焦がれた港に少しずつ近付いていく高揚感のよう。歓迎してくれる島の人との一期一会、秘境のような観光地。出港のときには船が見えなくなるまでずっと手をふってくれている地元の人たち。そうした人の温かさや特別な風景に触れるからだろうか。港街で過ごした一日は、忘れられない一日になる。今回は、まず港に着く前の船上でのお話を少しだけ。


「美味なる船」にっぽん丸で日本を訪ねる ― 出港 

旅をする方法は様々あるが、「客船に乗って旅をする」という言葉はなんて甘美な響きなのだろう。それも日本を一周するとなったら尚のこと。これから始まる物語に胸を高鳴らせながら、今回の出発地・茨城県の大洗港に到着すると、そこには白とロイヤルブルーが美しく輝く優雅な佇まいのにっぽん丸の姿があった。

客室に着くと、事前に送っていた荷物は既にキャビンクルーが運んでくれていた。荷物の不自由さがないのも船旅の魅力の一つだ。

荷解きを終えて一息ついていたら、窓辺から賑やかな音楽が聴こえてきた。デッキに出てみると港には沢山の人が集まっている。まもなく出港の時間だ。響き渡る大きな汽笛の音は、まるで「いってきます!」と元気に挨拶しているかのよう。海を彩る鮮やかな紙テープが乗客の気分をより一層盛り上げていた。港にいる皆さんの暖かいお見送りを受けながら、船はゆっくりと岸壁を離れてゆく。いよいよ日本一周が始まるのだ。

デッキでは賑やかな時間が続いていた。ハウスバンドの演奏に合わせてステップを踏み、シャンパングラスを傾ける。行く先に広がる太平洋は穏やかで、どこまでも続く海に心も身体も包まれていくのを感じた。デッキはもちろん、客室やダイニングからも海を眺めることができるこの非日常な空間は、クルーズだけに許された贅沢だ。

出港からしばらくして船内を散策していると、7階のリドテラスで美味しそうなドリンクを見つけた。ゴディバのショコリキサーだ。無料で飲み放題というのが甘いもの好きには嬉しい。部屋に持ち帰ることもできるようだが、せっかくだからテラスで。海を眺めながらショコリキサーに舌鼓をうち、贅沢なクルーズタイムを楽しんでいると「そちらはどこでいただけるのかしら?」と品の良いご婦人に声をかけられた。船内は陸上の旅より人と人との距離がずっと近いように感じる。これから皆で一緒に旅を楽しみましょう、そんな空気があるのだ。「夜にはシェフのウェルカムディナーが待っているから、おやつはほどほどにしないといけないわね」。冗談で笑い合いながら、また会いましょうと手をふった。
にっぽん丸は数ある客船の中でも、 "美味なる船" という異名を持つほど「食」に力を入れている。寄港地のたびに地域の食材を活かしたディナーが用意され、和洋を織り交ぜたコースは口に運ぶたび感動すると定評がある。

他にも、船内では体験教室やイベントが目白押し。朝は心地よい光を浴びながら体操で体を目覚めさせ、その後は昼夜を問わず多彩なエンターテイメントが乗客を魅了する。そして、一日の終わりにデッキに出ると待っているのは、今まで見たことのないような満点の星空だ。「船の上で退屈しないですか?」とよく質問を受けるが、洋上の旅で退屈する暇は少しもない、と自信を持って言える。

これから始まる日本を巡る日々には、どんな驚きが待っているだろうか。8日間の航海を終えてまた大洗港に戻ってくるときには、きっと出発した日より世界が輝いて見えるだろう。それぞれの期待に胸を膨らませる乗客たちを乗せ、船は最初の寄港地へと舵を進めていく。 


文=帆志麻彩