アルガヴァン・コスラヴィ展覧会『THE SHAPE OF ABSENCE』

寄稿者:中島ゆう子(写真家)


8月のベルリン。うだるような暑さが少し和らぎ、時折吹く風にほんのりと秋の気配が混じり始めたある日。クロイツベルクにある元教会を改装した重厚なギャラリー、KÖNIG GALERIEで開催されている、アルガヴァン・コスラヴィ(Arghavan Khosravi)の個展へと足を運んだ。入り口で出迎えてくれたジュリアン・オピー(Julian Opie)によるアイコニックな彫刻を横目にギャラリーの扉を押し開け、静謐な空間に足を踏み入れると、そこにはイラン出身の女性としてのアイデンティティと、途方もない熱量が凝縮された世界が広がっていた。

立体作品の迫力と、平面作品が語る深い物語

ギャラリー空間でまず視線を奪われるのは、木材を精巧に切り出し、糸や特徴的な断片を組み合わせた多層的な立体表現だ。しかし、その物理的な迫力に引き込まれて一歩近づき、展示空間の奥へと進み始めると、私の心に深く突き刺さったのは、描かれたモチーフから放たれる強烈な「物語性」だった。平面と立体が交差し行き来することで、決して広くはない展示空間であるにもかかわらず、全体に心地よいリズムが生まれ、気がつけば何周もその空間を巡っていた。彼女の作品の背景には、核兵器、監視社会、女性の人権、そして石油や権力といった、イラン特有の重く複雑な社会問題がそこにあった。しかし、カンバスに描かれた女性像(あるいは彼女自身の自画像)から伝わってくるのは、単なる「女性としての生きづらさ」や「被害者としての痛み」ではない。そこにあるのは、痛みからの解放であり、確かな希望だった。

女性であることを讃える、新しい「祈りの形」

作品に描かれる女性の凛とした佇まい。そして、まっすぐとこちらを見据える瞳。それは内なる「静かな力」そのものであり、女性であることを力強く讃え、昇格させているように感じられた。立体的な構造や象徴的なモチーフからは、祭壇や聖書、システィーナ礼拝堂の天井画だけでなく、イタリア・アッシジの壮大なフレスコ画や、フィリッポ・リッピ(Filippo Lippi)が描いた静謐な宗教画までもが次々と記憶に呼び起こす。元教会だったギャラリーの展示空間、場所の文脈も相まって、描かれた女性はどこか神々しく見える。しかし、それは決して西洋美術における聖母マリアの模倣などではない。彼女自身のルーツと現代を生きる個人の魂が立ち立ち上がらせた、全く別の、新しい神聖な何かだった。さらにそこにシュルレアリスムの世界観が混ざり合い、独自の引力を放っている。

光と闇、希望と暴力は「表裏一体」であること

作品をひとつひとつ観ていくうちに、ある強い実感が湧き上がってくる。光と闇、希望と暴力、そして生と死。それらは決して遠く離れた対極にあるのではなく、常に背中合わせであり「表裏一体」なのだという事実だ。相反する要素がひとつの画面に同居し、張り詰めたような静かな緊張感を保っている。

複雑な社会背景を背負いながらも、圧倒的な美しさと気高い様で観る者を射抜く彼女の表現。素晴らしい作品と対峙した時の胸が高鳴るような感覚とともに、静かなギャラリーの中で、心の中を力強く揺さぶられるような鮮烈な体験だった。

ギャラリーの外に出ると、赤いジュリアン・オピーの彫刻が歩いているところが窓から見えた。作品の中の彼女たちのまっすぐな視線を思い返しながら、その「静かな力」の余韻を胸に抱いて帰路についた。

Arghavan Khosravi / THE SHAPE OF ABSENCE 展覧会開催概要

会期:2026年7月17日(金)〜2026年8月30日(日)
時間:11時〜18時
休館日:日曜・月曜
会場:KÖNIG GALERIE (Alexandrinenstraße 118–121, 10969 Berlin)
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