アルバート・オーレン展覧会『Computerbilder & Conduction』
寄稿者:中島ゆう子(写真家)
6月下旬。本来なら心地よい風が吹き抜け、過ごしやすい日が続くベルリンの初夏だが、明日からは信じられないような猛暑がやってくるという予報が出ている。そんな夏の嵐の前の静けさのような今日、6月12日から始まったアルバート・オーレン(Albert Oehlen)の作品展へと足を運んだ。
彼はこれまで多様なアプローチで絵画の可能性を拡張し続けてきたが、今回の展示は「Computerbilder(コンピューター・ペインティング)」と「Conduction」シリーズを軸とした個展となっている。本格的な暑さで家から一歩も出られなくなる前に、お気に入りのサンダルを履いて、重厚な建築が並ぶBleibtreustraßeのギャラリーへと向かった。
ギャラリー空間に足を踏み入れると、真っ白な壁面に力強い線が浮かび上がっていた。我が家の本棚にもある、見慣れたはずの彼の作品。これまで何度そのページをめくり、印刷されたインクの束から彼の描く複雑な線を追ってきただろうか。頭の中ではすっかり理解しているつもりでいたが、洗練された空間で物理的な質量を持った実物を目の前にした瞬間、紙面から得ていた平坦な印象は、新鮮な驚きと共に静かに手放すことになった。
当たり前だが、本で見るのとは、全然違う。目の前にあるのは、圧倒的な「物質」としての絵画だった。


オリジナル作品が与えてくれるもの
作品にぐっと近づいて初めて気づくのは、それが単なる平坦な絵画ではなく、幾重にも思考と素材が地層のように重なり合う「コラージュ作品」だという事実だ。一度カンバスに描かれた力強い軌跡の上に、それを打ち消すかのように白い絵の具がさらりと重ねられていたり、別の作品の断片が乱暴に切り貼られていたり。そこには、描いたものを消したり、あるいは貼っては上書きするという行為そのものが刻み込まれているようだった。
絵画の中に、過去の痕跡と現在の行為、そして未来への新たなつながりという「時間の重なり」がはっきりと見えた。音楽の旋律、たとえばベートーヴェンの第九の、第3楽章から第4楽章へのつながりのような気配も感じた。
エッジの効いたピクセル感が強いデジタルの痕跡と、生身の手が描いた美しい曲線。本来であれば相反するはずの二つの性質は、ひとつの画面のなかで驚くほど滑らかに融合している。アナログの温もりとピクセルの冷たさ。それらは決して対立することなく、互いの余白を埋め合うように独自の心地よいリズムを刻み続けていた。
デジタルとアナログの融合
線や面、そして凝縮された時間が織りなす絵画空間。大きなスケールの作品から、ふと小さな作品へと視線を移し、また全体を見渡す。そんな風に視線を自由に預けていると、ふいに平面のなかに不思議な奥行きが現れた。それは、螺旋階段のはるか上を地上階から見上げたような、あるいは、雲ひとつない空でまっすぐに真夏の太陽を見上げた時の、空へ吸い込まれるような感覚に似ていた。
そこから連想されるイメージは、作品を見れば見るほどに多岐にわたっていく。カンディンスキーが描いたような純粋な抽象の世界から始まり、ふと、夫の本棚に並んでいるスーパースタジオの1ページも浮かんだりもする。さらには、顕微鏡のレンズ越しに覗き込んだバクテリアの予測不能な蠢きや、緻密に計算された精緻な図面。かと思えば、突然ファミコンのゲーム画面に迷い込んだようなデジタルのノスタルジーが不意に顔を出す。暗室のなか印画紙に直接光を当てて像を定着させたフォトグラムのような、あの不確かで神秘的な静けさへともつながっていく。
順番に作品を見ていく中で、私の中に様々なイメージが喚起され、心地よい混乱が生まれた。素晴らしい作品と出会ったときの、あの胸が高鳴るような高揚感と呼ぶべきだろうか。静かなギャラリーの中で作品鑑賞をしているはずなのに、頭の中がキラキラと、いや、むしろギラギラと熱を帯びて覚醒させられるような、鮮烈でフィジカルな体験を与えてくれた。
外に出ると、ベルリンの陽射しは少し強さを増していた。明日からの猛暑を前に、この重層的な世界に触れられた心地よさを噛み締めながら、来た道をゆっくりと戻った。

ALBERT OEHLEN 展覧会開催概要
会期:2026年6月12日(金)〜2026年8月8日(土)
時間:11時〜18時
休館日:日曜・月曜
会場:Galerie Max Hetzler, Berlin (Bleibtreustraße 45, 10623 Berlin)
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