旅先のお土産話|バルセロナ、ミロ美術館

寄稿者:風野湊(小説家)

 
 旅先で美術館を訪ねるのは楽しい。国内旅行でも、海外旅行でも、時間を作れそうであれば、旅程に美術館を組み込むようにしている。
 とはいえ、日頃から熱心に芸術鑑賞をしているかというと、そうでもなくて。
 旅先を抜きにすると、美術館へ行くのは年に一度か二度くらいだし、足を運ぶのも著名な画家のわかりやすい企画展——印象派展とか——の方が多い。画家の来歴や時代背景もふんわりとしか知らないまま、散歩のように訪ねていって、良いものを見たなあという気持ちでのんびり帰ってくる。こう書くと、鑑賞態度がゆるくて、ちょっと気恥ずかしいけれど。
 でも、わたしと同じくらいの温度で、美術館が好きなひとは、きっとたくさんいるでしょう。
 そういうひとに向けて、土産話のように、旅先で訪ねた美術館の話をできたら良いなと思う。美術館に留まらず、博物館であったり、植物園であったり、土地に根付いた文化施設を訪ねるのは、良いものだ。観光地を歩くだけでは見落としてしまう、その町の歴史や風景に出会うきっかけをもらえるからね。



 2024年秋のこと。バルセロナを訪ねるにあたり、おすすめの美術館として知人に教えてもらったのがミロ美術館だった。
 ピカソやダリとともに、20世紀のスペインを代表する芸術家のひとりとされる、ジョアン・ミロの個人美術館。ああ、ミロ、名前だけ知ってるような気がする。絵はどこかで見たことがあったかしら、教科書で見たんだったかな、それくらいの曖昧さで、そっと旅程に滑りこませた。わたしの興味を引いたのは、むしろ立地だった。ミロ美術館は、バルセロナを一望できるモンジュイックの丘にある。ガイドブックをぱらぱら捲って、美術館のあとに丘を散歩したら楽しそうだな、と思った。街中より人混みも少なそうだし。

 さて、ここまで調子良く書いてきたものの、既にわたしの記憶は半分くらい幻と化している。旅先で書いていた小さな日記帳を昨年末になくしてしまったから。
 ミロ美術館がある丘の中腹まで、地下鉄とケーブルカーで行ったのだったか、バスで行ったのかさえ、じつはもう思いだせない。
 すこしだけ撮っていた写真を見るかぎり、美術館への道中、見晴らしの良い公園で、眼下に遠くミニチュアめいたサグラダ・ファミリアが見えた記憶はほんとうらしい。どことなくテラコッタのような色味を帯びたバルセロナの街並み。海を背にして登っていく道だから、地中海は見えなかったはずだ。たしか。たぶん。
 写真にたまたま写りこんだ家族連れ、恋人たち、ひとりで風景に見入るひと、彼ら彼女らが遠方から来た観光客なのか地元のひとなのかも、通りすがりのわたしにはわからない。

 平日に訪ねたこともあって、館内は比較的空いていた。
 エントランスは自然光が差しこんで明るい。ミロの絵画・彫刻・陶芸・タペストリー・素描作品が主に所蔵され、少数ながらマティスやマグリット、エルンストやデュシャンの作品もある。若手アーティストの企画展なども開催されている。
 展示室は時代順に構成され、ミロが年月とともにどのような作風の変遷を経たのかがわかりやすい作りだ。1983年に90歳で没したミロの長い人生には、スペイン内戦と第二次世界大戦の影も横たわっている。

 せっかくだから写真も何枚か。
 ミロの鮮やかな色使いと造形はどことなくユーモラスで、相対するとなんだか口元が緩んでしまうものもある。これらはほんの一部なので、より詳しく知りたい方はミロ美術館の公式サイト(日本語版は一部のページしか閲覧できないので英語版で見よう)か、解説がとても詳しいバルセロナウォーカーの紹介ページをどうぞ。画面奥は《絵画(エミリ・フェルナンデス・ミロのために)》1963年、画面手前は《絵画(ダビット・フェルナンデス・ミロのために)》1965年。どちらもミロが孫に捧げた絵《8本の傘のソブレテイシム》1973年。Sobreteixim、はカタルーニャ語で「重ね織り」とのこと。アッサンブラージュ(コラージュの立体版)の作品。《財団のタペストリー》1978年…の元になった図案。タペストリー本体は7メートル以上ありまったく画角に収まらなかった《月、太陽、そして一つの星》1968年。バルセロナに寄贈された記念碑のための習作。像の背後にはバルセロナの街並みが広がっている



 旅先の、特に異国で訪れる美術館では、だいたい解説は読みきれない。英語が併記されていればまだ良いが、ないこともあるし、翻訳アプリで都度に読むのも大変だ。キャプションに記された作品タイトルと制作年くらいしかわからないまま、館内をうろうろする。心に触れる作品があれば、後で見返せるように写真を撮ったりする(もっとも、撮ったきりで忘れてしまうこともしばしばある)。図録はあまり買わない。というか、キャリーケースではなくバックパックで旅をしていると、重い本はそうそう買えない。

 訪れてから二年も経つと、眺めた作品のひとつひとつはほとんど忘れてしまう。
 ただ、美術館を歩いて感じた空気や、断片的な風景(エントランスに差しこんでいた光、大広間のざわめき、テラスに出たときの開放感……)は覚えている。館内を巡り、カフェテラスで一息ついて、モンジュイックの丘を徒歩でゆっくり降りたことも。いつか思いだせなくなっても、心のどこかには残る。旅の記憶と紐づいて。
 辿りついた丘のふもとに広がるのはバルセロナ港だ。連日続いた雨がようやく止んで、地中海は青くきらめいていた。

 最後に。じつは、ミロ美術館でいちばん印象に残ったのは、館内に小学生の団体がいたことだったりする。
 小学生というかエレメンタリースクールというか(スペインではどういう区分になるのだろう?)、とにかく、明らかに小学校低学年〜中学年くらいに見える子どもたちがそこにいた。
 子どもたちは数人でひとつの班になり、館内を巡っていた。班には大人がひとりずつ付いていた。ミロの作品を指差して、大人がなにか喋り、子どもたちも笑いながら喋る。みんな手に画板のようなものを持っていた。
 子どもが当たり前に美術館を楽しんでいる、それは、これまでわたしが知らなかった光景だった。

 我が身を振り返ってみると、子どものころに美術館に行った記憶がほぼない。箱根の彫刻の森美術館(屋外にプレイスポットがあった)で遊んだことだけかろうじて覚えているぐらい。なんとなく、美術館は大人たちのものだと思っていた。たぶん子どものときから。
 そんなことはないのだ、という静かな声を、わたしはあのとき聞いたのだと思う。
 ミロ美術館は、バルセロナの人々に「ミロからの贈り物」と呼ばれているそうだ。


追伸.
 帰国したあと、何ヶ月後だったか、駅でミロの絵に会った。東京都美術館で行われるミロ展のポスターだった。これまでなら、ちらっと一瞥しただけで通りすがっていたかもしれないが、もう「教科書で見た気がする」だけのひとではないので、わたしは立ち止まる。お久しぶりです、という程でもないか、数ヶ月ぶりですね、と心のうちで挨拶を贈る。
 旅の記憶を辿るとき、スペインが辿った歴史、内戦と長い独裁政治にも思いを馳せるとき、そこにはバルセロナの風景とともにミロ美術館も立っていて、そのままではばらばらになりそうな知識の断片を実感とともに結びつける助けとなってくれる。そういう支えは人生にいくつあっても良いものだ。

  

Profile

風野 湊 / 小説家

1990年生まれ。現在の代表作は、熱帯雨林の樹木変身譚『すべての樹木は光』(2020)、即興小説に基づく短編集『永遠の不在をめぐる』(2014)など。幻想の質感が伴う風景描写を得意とする。 


▼著者の寄稿文一覧
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