春の野に咲くスミレのように―大切な人の不在と、岡潔先生の言葉
写真・文=帆志麻彩
お盆の時期なので、少し個人的なお話をしてみようと思います。今、静かに誰かを想い、不在の寂しさと向き合っている方に、今回ご紹介する言葉がそっと届くことを願って。
「夏は越せないと思ってください」
そう告げられたのは、小さな夏が顔を出し始めた5月の終わりのことだった。
時折言葉を詰まらせる医師の声も、光に照らし出される白黒の画像も、隣でうなだれながら私と姉の手を握る父の体温も、すべてがぼんやりとしていて、まるでそれが現実ではないかのように感じられた。
時間は無情にも過ぎていき、母の身体は時々刻々と変化していった。もう残された時間は僅かなのだと、医師の説明が間違いではないのだと、一つ一つ証明されてしまうかのように。代わってあげられない悔しさと絶望感を抱え、日ごとに強くなる陽射しに怯えながら過ごしていた。
そして、入院してから三週間と少しが過ぎた頃、母は夏を待たずに旅立っていった。あまりにあっという間で、自分の生きている時間がそこで一度止まってしまったような感覚がある。
突然のお別れをしてから二年。献体のお勤めに出ていた母が、この夏ようやく帰ってきてくれた。
大切な人を失うということは、それまで当たり前だと信じて疑わなかった世界が音を立てて崩れ去るような経験だ。人はなぜ生まれ、どこへ去っていくのか。色褪せてしまった世界でこれからどうやって自分を全うしていけばいいのか。答えのない問いの海を漂うような毎日が続いた。
そんな模索の中にいたある日、数学者・岡潔先生の随筆集『春宵十話』に出会った。数学者の先生が書く文章は自分には難しくて読めないかもしれない。そう思い少し身構えていたが、そこにあったのは数式ではなく、人間の情緒を何よりも重んじる世界だった。
「私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た」
特に私の心に小さな光を灯してくれたのは、この有名な一節。実にしなやかで、どこか澄み渡った諦念すら含んだ回答だと思う。
私たちが暮らす現代社会は、「役に立つか否か」という単一の物差しであらゆる物事を測ろうとしがちだ。ビジネスの場はもちろん、個人の生き方にまで「どんな成果を残すのか」というプレッシャーが付きまとうことだって少なくない。
けれど、岡先生にとって数学を探求することは、他者へのプレゼンテーションでも無ければ、何らかの利益を生むための手段でもない。ただ自らの内なる衝動に従い、心の赴くままに真理を見出そうとする営みそのものだ。
野に咲くスミレが、「自分はこの春の野にどのような価値をもたらしているだろうか」などと考えて咲いてはいないように。スミレはただ、自らの必然に従ってそこに芽吹き、花を咲かせているに過ぎない。
岡先生は、人間の本質は知性や損得勘定ではなく、他者を思いやり、自然を美しいと感じる「情緒」の力にあると説いている。そして命の豊かさは、春の野に咲く様々な彩りの草花のように、千差万別で良いのだと教えてくれる。野原を見渡せば、背の高い花もあれば、地面に這うように咲く小さな草もあって、それぞれが全く異なる色や形をしていながら、全体として調和し、ひとつの景色を作り上げている。
この言葉に触れたとき、私は亡くなった母の姿を重ね合わせていた。母は社会的な大成功を収めたわけでも、特別な名声を得たわけでもないけれど、家族を愛し、名前のない毎日を丁寧に、一生懸命に生き、豊かな情緒を持った人だった。岡先生の言葉を借りるなら、まさに「春の野に咲く一輪の花」として、その命を全うしたのだ。
あの日からの私は、「もっと立派に生きなければ」「母が人生をかけて育ててくれたのだから」と、どこか自分を追い立てる部分があったように思う。命の儚さを前に、己の無力さを強く感じていたのも理由の一つだろう。
人は社会や誰かの役に立つためだけに生まれてくるのだろうか。誰が見てもわかるような社会的な成功や他者からの評価を得なければ、その生には意味がないのだろうか。
スミレが向日葵を真似る必要がなく、薔薇を羨む必要もないように、人もまた、他者からの評価や社会的な有用性によってのみ価値が定まるわけではない。野に咲くスミレが誰の目にも留まらず、ただ風に揺れて散ったとしても、そこに咲いたという事実そのものの尊さが損なわれないのと同じなのだと思う。
「そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだ」
他者や社会がどう評価しようと関係なく、ただ自分の生命をそこに咲かせること。そうしてその人が咲かせた情緒の香りは、残された者の心の中に永遠に残り続ける。
生前、「油絵を学びたい」と話したり、勉強が大好きで「来世はもっと勉強して東大を目指すの!」と可愛く笑っていた母。もう私たちのことを忘れてしまってもいいから、新しい世界で、やりたかったことや夢見ていたことを存分に叶えてほしいと思う。
人は生き、そしていつか死を迎える。だからこそ、残された者もまた春の野に咲くスミレのように、社会の物差しや他者との比較を手放し、自分に与えられた命の花を素直に咲かせること。それこそが、新しい旅路の先で自由に咲く大切な人への何よりの手向けになるのだろう。今、ようやくそう思うことができている。
